下赤塚から北の崖線へ至る途中、急峻な岬状の丘を分けるY字路があり、そこに松庵寿というコンクリート製の地蔵がある。素人が趣味で作ったらしき地蔵は、ときどき思いつきで悪趣味な姿に変わるし、ご利益などなにひとつなさそうだ。にもかかわらず、コンクリートの斜面をよじ登っていくほどに、なかなかたどり着けない地蔵への思いが募る。
selection: すべての夢
猿おやじ
赤い手染めのシャツを格安で売るという怪しい男がいる。シャツは染めたばかりで、まだ水を含んでいる。僕は現金を持っていない。バッグから探し出した小切手を見せると、これは換金できないから判子もよこせと言う。バッグから特大の印鑑を探し出し、印の面に貼った和紙をはがすと自分の苗字ではない。そんな押し問答を暗い路地でやっていると、ここでそんなことをされちゃ商売にならねぇ、と神棚に乗った小型の猿のようなおやじにどやされる。しかしおっさん、なにも売ってないじゃないか。そんなことはねぇ、といきなり機械の軋むような声で唸り始め、猿おやじが浪曲師だったことがわかる。
銀河の見える屑鉄屋
首都高を走っていると、トラックの荷台から「これに乗り換えろ」と木の台車を差し出す男がいる。言われるまま乗り換えて、片足で蹴りながら首都高の陸橋を走る。これはたぶん道路交通法違反だと気付くと、前方に警官も見えてきたので、陸橋の途中からなめらかに斜めに分岐する道を降り、ここまでやって来た。
日本中のレアメタルを集めている屑鉄屋の暗い倉庫の中で、そこの息子の家庭教師をしている。小太りの子供といっしょに屑鉄の隙間から夜空を覗くと、雲間からまるで鱗雲のような銀河が見える。
川越氷河
積雪で通れなくなった川越街道の雪が、氷河のようにゆっくり動いている。ここは快晴だが、上流の大雨で決壊した石神井川の水が氷の下部に流れこんでいるためです、と、駆けつけたそらのちゃんが淡々とustream中継している。
切断された家
女の子が喜ぶので、ついついケーキとクリームをたっぷり切ってあげた。すると土地の所有権比率の関係で、実家の東面がケーキナイフで切り取られ、舞台装置のように片面だけ開いてしまった。気をつけて暮らさないと二階から落ちるから、業者に強化ガラスを嵌めてもらうと母親が言う。
早稲田の飲み屋で飲んでいる。帰ると言ったはずのヌクミズがこれから夕日の飲み屋に行くと言うので、友人といっしょにヌクミズの優柔不断を責めながら、夕日の坂を登ったところで白い根付を拾う。切断された家で霊気が体を通り抜けているからこういうものに出会うのだ、と酔ったヌクミズに説明する。
リアルグーグルマップ
常盤台駅のロータリーに、この町の広大なミニチュアがあり、朝焼けの斜めの日差の中、カメラのムビーモードでバーチャル空撮をする。日差しの角度が鋭く明暗を作る時間はわずかなので、焦ってカメラを動かしている。
テクスチャーマッピング
鉄道警察は広大な吹き抜けのある建物の九階にあり、改札でカードを入れ間違えたことをさんざん詰問されたあとで、さて九階から一階をストレートにつなぐ長いエスカレーターを降りようか、あるいは撮影しながらじっくり階段を降りようか迷っている。
九階ホールには浅く水の溜まった窪地があり、そこを通過する人の上半分が、黒ゴマ豆腐の質感にテクスチャーマッピングされる。自分もその窪地に入ってみると、周囲の人が憐みの混じった奇異の目を向けるので、自分も同じように黒ゴマ豆腐化して見えていることを理解する。いや僕が可哀そうではなく、これは解釈の問題、見る側の問題なのだ、と反駁したいが石化した神話の人物のように声が出ない。
四階広場で、結婚を約束したnanayoさんが鏡に向かって髪を梳っている。これから僕の親に会うために、髪のある高さの一周だけ細かいパーマをかけている。それはきっと僕の親には理解されないだろう、と彼女に言う。
さえずりカード
twitterのつぶやきがカード状の物体になっていて、出現したり消えたりするたびに感情がわきあがる仕組みになっている。どういう原理を使っているのか、なかなかわからない。見る方向によって感情が違うのがヒントだよね、とviscuitさんが言う。
天井の高い体育館でミサが始まる。中継ブースのあたりで、車椅子の男のケータイ着信音が鳴り止まないので、スタッフが車椅子を外に押し出そうとしている。
いさかいが苦手な僕と僕の友人の小さい生き物は、隣の部屋に隠しておいた小箱から濃縮ジュースに関する秘密文書を取り出し、ジュースの仕組みについて技術的な相談を始めた。小さい生き物は、感情をオブジェクトにしないから不愉快が生まれるんだ、と言う。
交差点交響楽団
交差点の四方に四つのオーケストラが配置されていて、それぞれに割り当てられた色がビルの看板になっている。交通整理の場所から指揮をしているのだが、僕は曲の終わりかたも知らない。ふと、機関車トーマスをデザインした女の子が、オリジナルは双子だと教えてくれた。
昆虫進化広場
古本屋のある坂を下ると、草もない空き地のそこここに子供たちが集い、カナブンを集めている。昆虫は煙のように舞い上がり、空中交尾のたびにワニぐちのゴキブリなどに進化する。子供たちは昆虫の発する化学物質を記録していて、夕暮の広場でパワポのプレゼンをしては、歓声をあげている。
葬儀屋のスジナシ
建物の裏手から入るとそこはすでに舞台で、観客の目から隠れる位置に身を低く寝そべり、手には脱脂綿を握り締めているのは、自分が葬儀屋であり、なおかつ遺体でもある一人二役を負わされた即興演劇スジナシの演者だからだ。しかし、葬儀屋としての役で立ち上がり、閑散とした桟敷席の客を見ると、彼らは芝居に集中するふうでもない。どうしたらこいつらの心を捉える展開にできるのか。
風船の下部
高台にあるこの地区一帯には街灯がなく、日暮が迫ると街全体がいっきに暗くなる。坂を下りながら、まだ夕映えの残った遠方の建物が異常に近く見える。どこからか無数の風船が舞い上がり、ゴムの口を縛った空気穴は重心の偏りでみな下を向いている。風船の下部が小さい性器になっていて、それらがたまらなく愛おしい。
トゥーランガリラの空中鉄骨
広い校庭の一角にある舗石に、Samと寝そべっている。校庭では、洋装の中高年女性たちが精緻かつ大胆な盆踊りをくりひろげている。誰がこの振り付けを指導したのか、さきほどバドミントンをした中川先生だろうか。
上空を見上げると、円筒形の巨大鉄骨構造物が宙吊りになっている。高所作業員たちは、ロープ伝いに空を行き来している。いつもはサイレンを鳴らすラッパ形のスピーカーから盆踊りの音頭が途切れると、流れ込むようにトゥーランガリラの一部分、オンドマルトノが高らかに愛の展開を歌い上げるあの部分が空を満たす。
構造物が何で吊られているのかがわからない。手品のような隠しロープが斜めに張られているのか。どこにトリックを隠したのか。
寝転がっている僕らのすぐ脇を、箱のような作業トラックがぎりぎり数センチの精度で掠め通るので、ここはゆっくり寝る場所じゃないからとSamが散歩に誘うのだが、僕はオンドマルトノが空にエコーするなか、もう少しここで寝ていたい。晴れた町をカメラを持って散歩をするイメージに惹かれながら、久しぶりにSamを長いキスに誘う。
火山岩に埋もれた古本屋
坂道のたもとで、美大生がガラス板に山火事の絵を写生している。しかし山火事はどこにも見当たらない。見渡す限り青いガラス質の火山岩が、ただごろごろところがっているだけだ。
坂道を登りつめたところに、古本屋がある。人がやっとくぐり抜けるほどの木枠の出入り口が五つあり、そのうちのひとつに靴を脱ぎ、中に入った。黒く燻された古民家の本棚を一通り漁り、そろそろ出ようとするが靴がない。ここは入った口とは違う敷居だ。靴を脱いだ出入口がどこにあるのか、迷路のような内側からは見当もつかない。ガラス窓の外を見ると、美大生の描いた山火事がどんどん迫っている。
飛ぶガラス管の部屋
臍から性器に向かう細い道がある。その道が枝分かれする腹部を撫でながら、僕と女は進化樹の撹乱について、腹の上の図をたよりに議論している。
昨日は三角フラスコのような白くて小さいブラウン管が飛んでいた。なぜ無生物が飛翔するのだろう。今日は、カプセル錠剤ほどの小さいものが、部屋の中を飛び回っている。昆虫をつかまえる要領で掌に捉えると、それは乳白色の細長い豆電球で、簡単に割れ散ってしまう。
女は短すぎるスカートから裸の尻をむき出しにして、温泉のある建物に向かって歩いていく。背後から見ている僕には、尻の間から覗く一筋の線と、際どい肌の余白に彫られたfig.という文字が見える。たまたま玄関に居合わせた男が勃起を隠そうとするので、彼女の前の線も見えていることがわかる。ちょっとスカートを下にずらしたほうがいい、と温泉に消えていく彼女の背中に向かって何度も声を投げかけるが、伝わらない。