rhizome: 空き地

極彩色の泥屋根

街道と旧街道に挟まれたベルト地帯に、泥濘んだ土地が広がっている。街道に面したガレージに入り、裏口を抜けて泥濘の土地に足を踏み入れる。ベルトの中ほどまで歩いたところで、全身に泥を塗った裸部族に出会う。裸族の少年たちはもつれあい、一人の少年の顔をめり込むまで殴っている。僕は、彼らの風習に口出ししないと心に決めている。それは文化人類学の掟だから。
旧街道までたどり着くと、泥と油絵具の二色ソフトクリーム状の尖塔が見える。この城をスケッチした覚えがある。ノートを捲り当てると、尖塔に「非常識な配色」と注記があり、ページの隅には「4日5日引っ越し予定」という走り書きもある。業者との約束が二日後に迫っていることに気づく。

(2013年11月6日)

手綱つきバス

上板橋と常盤台の間に、廃棄物処分場予定地がある。長い間空き地になったままのこの場所をバスが走っている。男が地面にコンクリートを流し込んでいる。彼は計画のはじめからかかわっている都の職員で、何度かここで顔を見たことがある。
ぬかるんだ細長い空き地をゆっくり走りながら、バスは自分自身を小型化していく。ついにデスクトップPCの大きさにまでなると、僕はキャスター付きデスクトップパソコンに犬の手綱をつけ、PCケース上面にまたがる。これでは一人しか乗れないので、同乗していた連れはいつのまにか歩いている。そっちのほうがバスよりずっと速い。
蛇行しながらようやく到着した常盤台のガレージで、待ち構えていた都の職員にバスを引き渡すと、彼らはバス内部に詰まった空中配線に空気を吹き付け、たまった埃を掃き出した。

常盤台の商店街で、芋菓子屋の暖簾をくぐると、ばったり泉に出くわした。ここで偶然出会うのはこれで二度目だ。

(2013年10月31日)

火薬庫の清流

戦時中に火薬庫だったといわれる場所はいつも大きな赤門に閉ざされているが、通用門が開いているのを初めて見る驚きのあまり、つい中に入ってしまった。これだけ広い土地を遊ばせておけるのは、管理しているのが東大だからだろうか。地面は乾いているのに、目の高さからは浅い清流が流れているように見え、ときどき鮮やかな何かが魚のように素早く逃げていく。この場所にこっそりトラックを停め続けている業者に、これはいったい何なのかと訊ねるが、体を後屈しなければ大丈夫なのだ、と質問の答になっていない。これだけの空き地の存在を周囲から気づけないのが不思議で、門から外に出てぐるりと一周切り取るように道を歩きはじめると、火薬庫をとりまく家々は暗い飲食店ばかりで、どこもあまり客が入っていない。テーブルも椅子も置かない餡蜜屋に入り、店の奥に行こうとするが拒まれる。流しで手を洗うふりをして勝手口から裏に出ると、思った通りあの空き地に面していて、どの店も水のような幻覚のようなものを筒で吸い出している。ためしに体を思い切り後ろに反らすと、ふっと体が浮いて、このあたり一帯の地図が俯瞰できた。

(2013年8月18日)

象の木

今日は部屋にこもって先生の遺品を整理するつもりだ、と彼女に伝える。彼女はメッシュのバッグにケータイを入れて、外出の準備はすっかり整っているのに、なかなか出かけようとしない。僕は薄紙に書かれた手紙をスキャンするために、スキャンスナップを探している。古いタイプライターなど、紙を吸い込む機械はいくつもあるのに、スキャナだけみつからない。何日かけてもこの部屋が整理しきれるとは思えないのだ、と女に言う。もしかすると、これは自分の遺品なのかもしれない、とも。
薄い化繊は重ねて着ると肌触りがいい、と女が言うので、僕は確認のために両方の掌を彼女の表面にこすり合わせ、いつのまにか女の体つきや匂いをまさぐりはじめたところに、この部屋を買いたいという一行がやってきて、ひどくがっかりする。

街はずれにある矩形の空き地まで、日暮れ方向に延びる道へ自転車で漕ぎ出し、例の不動産見学ご一行を追い越し、彼らより先に広場にたどり着くことができた。広大なその区画だけ白い光に満ちていて、野球少年たちがスローモーション撮影のようにボールを投げあっている。
巨木の切り株の形をした動物が何頭も、あちこち揺れながら佇んでいる。空き地に柵がないのは、彼らがおとなしい動物だからだろう。そのうちのひとつが、切り株上部の茂みの奥から象の小さな目をこちらに向けると、四つ足らしき下部の枝分かれを轟かせながら駆け寄ってくる。野球少年たちは動じず投球を続けている。僕は動物の駆け足の遅さと、そこからわかる動物の大きさにたじろいでしまう。

(2013年2月13日)

昆虫進化広場

古本屋のある坂を下ると、草もない空き地のそこここに子供たちが集い、カナブンを集めている。昆虫は煙のように舞い上がり、空中交尾のたびにワニぐちのゴキブリなどに進化する。子供たちは昆虫の発する化学物質を記録していて、夕暮の広場でパワポのプレゼンをしては、歓声をあげている。

(2009年12月30日)