rhizome: 遠方の人影

白滝と巨人

警察署の周囲に張り巡らされた有刺鉄線が、ことごとく糸こんにゃくと化し、余った針金は「しらたき」として束ねて結んである。遠く崖線に沿って走る高速道路の上を、捕縛を逃れた巨大な白い人がゆっくり歩いていくのが見える。

(2012年10月16日)

木の魂を抜く

アルバイトに来た会社の長いソファで、社員の机にあったトランジスタ技術を読みながら、何を待たされているのかわからないし、担当の名前すら知らない。休憩に戻った作業服の社員たちが、「担当!」と叫んでくれたおかげで、革ジャンを着た長身の担当が、お約束のおどけた仕草で登場し、会社の奥へ導いてくれる。
製品陳列棚の奥には木工部門があり、資材置き場があり、駐車場があり、鉄門の裏口があり、山につながる小道がある。山を下ってきた作業員たちは、うっすら緑の土を被り、魂を亡くして表情がない。
僕は山を登りはじめたものの、なにか馴染めない。仕事をすると決めたわけではない、と自分に言い聞かせながらも、気づくとかなりの標高まで登ってしまった。「やすこが来た」という無線連絡が入り、谷あいの道にそれらしき人影を見たので、彼女がこの半端な状況を打開してくれるかもしれない、と思う。
石灯籠の断片に腰を下ろし、森の下草に紛れていると、前触れもなく儀式は始まった。向かいの山の数百メートルもある杉の巨木は、根本に入った切り込みが限界に達し、傾きはじめた。先端がこちらの山にかかると、木は大きくたわみ、その反動で向こうの山側に帰っていく。それらはことごとく予想をはるかに超えるスローモーションで、静止画を見ているようだ。しかし木がもう一度ゆっくり倒れこんでくるのがまさに自分の方角だと気づいたときには、逃げきれそうにないほど加速している。
伐り倒される木の内部から円筒形の「木の魂」を抜き出す男が、巨木の先端に跨っているのが見える。木の魂を括った縄のもう一端を自分自身に括り付け、木が山にぶつかる衝撃を使って魂を離脱させようというのだ。カプセル状の魂と紐づけられた男は、ハンマー投の着地のように地面を削りながら減速し、男の体もあちこちの岩に弾かれたが、彼は熟練した正社員なので死ぬことはない。

(2012年9月1日)

坂道の祝典

本当は行きたくない気分を押して式典にやって来た。しかしそこに会場はなく、朱色の橋の上、石垣の前、細く蛇行した坂道など、来賓が思い思いの場所に陣取って挨拶をしている。これはいい。うまいやり方だ。この形式なら知事の演説をパスできて都合がよい。

坂を登りきったところで、居眠りが襲ってくる。犬を連れた女が、いつの間にか添い寝をしている。犬は僕によくなついている。飼い主の女が誰で、女になついてよいものか、それがよくわからない。

長い縦の坂道に短い横路が渡されたあみだくじ状の坂道を、高速に駆け抜ける一団がある。走ること自体を目的にしたこのゲームの首謀者に、商売のじゃまだからやめろと店の主人がケータイで抗議している。しかし路地の隙間を走り抜けるぶれた人影ははっとするほど美しいので、むしろ観光資源になるはずだ。この町に集う人たちは、荷物をそこここに投げ出して走り回っている。志を同じくする人たちは、互いに信頼し合っている。ここはそういう美しい町だ。

無造作に累積した荷物の中から、自分の古びた鞄を探し出すと、中にカメラがない。よくなくすね、と小林龍生さんに言われる。「いやなくしたことはない、捨てたことがあるだけだ」と悔しまぎれに反論する。

(2010年11月7日)

トゥーランガリラの空中鉄骨

広い校庭の一角にある舗石に、Samと寝そべっている。校庭では、洋装の中高年女性たちが精緻かつ大胆な盆踊りをくりひろげている。誰がこの振り付けを指導したのか、さきほどバドミントンをした中川先生だろうか。
上空を見上げると、円筒形の巨大鉄骨構造物が宙吊りになっている。高所作業員たちは、ロープ伝いに空を行き来している。いつもはサイレンを鳴らすラッパ形のスピーカーから盆踊りの音頭が途切れると、流れ込むようにトゥーランガリラの一部分、オンドマルトノが高らかに愛の展開を歌い上げるあの部分が空を満たす。
構造物が何で吊られているのかがわからない。手品のような隠しロープが斜めに張られているのか。どこにトリックを隠したのか。
寝転がっている僕らのすぐ脇を、箱のような作業トラックがぎりぎり数センチの精度で掠め通るので、ここはゆっくり寝る場所じゃないからとSamが散歩に誘うのだが、僕はオンドマルトノが空にエコーするなか、もう少しここで寝ていたい。晴れた町をカメラを持って散歩をするイメージに惹かれながら、久しぶりにSamを長いキスに誘う。

(2009年9月6日)

オレンジ色の人影

砂埃の舞い上がる乾いた土地の遠方に、オレンジ色の人影が横切っている。アクリル板で作られた人体模型のような、あるいは透明で厚さのないイセエビの幼生のようなその生き物がいつのまにかすぐそばまで接近してくると、血色の良い太った男で、その男の笑顔にひどく落胆する。

(2003年6月1日)

殺戮小屋

薄暗い小屋の中に、仲間がいる。彼らとともに何十もの人を銃で殺し、この関門を守った記憶がある。小屋の小さい明かり取りの前に置かれた白いホーローバットに、ありとあらゆる形態のキノコが密生している。エリンギ茸のような形をしたひとつをつまむと、どんどん大きくなる。傘の縁を親指と人差し指で上手にはさむと、ついに五十センチほどにまで大きくなる。
扉の隙間から、数百メートル先にある次の小屋が見える。小屋の外に、拘束された二人の少女らしき人影が見えるが、右側の一人がかくんと力なく膝を折り、ややあって銃声が届く。

(2002年6月27日)

黄色い彫刻に身を隠す

ニューヨークがまだいたるところ森林だったころ、私は小型の蒸気機関車にまたがり、運転士をしている。森を走り抜ける蒸気機関車は、時に脱線しては線路に復帰するほどラフな走りで、客車にはポッキーを食べている女子高校生の群れが見えた。

線路沿いに、マッチ箱を立てたようなギャラリーの長屋がある。ギャラリーの向こうには、広い坂道がある。その坂道を、高速で走る車がごろごろ転げ落ちる。ギャラリーの女性オーナーは、大きなガラス窓ごしに事故の光景を眺めながら、なぜ人は蒸気機関車のようにゆっくり走らないのか、なぜ死に急ぐのか、と演劇風に嘆いている。

私の名はモー(というらしい)。事故で死んだ女(私のかつての恋人パトリシアらしい)を抱えた組織の男が、ギャラリー界隈でモー(私)を探している。私は、もう面倒はゴメンだ。

私は、崖っぷちに林立する黄色い鉄骨の彫刻群に向かって歩きはじめた。胸のポケットに挿したレンタル万年筆が壊れないように気づかいながら、巨人彫刻の肩によじ登り、私は私を探している男と死んだパトリシアの人影を見ている。

(2001年1月4日)