rhizome: 針金

針金文字のペン

基礎デの寄せ書き的なプレートに、銀色インクのペンでメッセージを書く。すでに書かれた絵や文字の余白に書ききれなくなる。ペンの後端についたゴムで擦ると、いま書いた線の塊が針金になってまとめて移動できる画期的な文具に驚く。

(2017年5月3日その2)

白滝と巨人

警察署の周囲に張り巡らされた有刺鉄線が、ことごとく糸こんにゃくと化し、余った針金は「しらたき」として束ねて結んである。遠く崖線に沿って走る高速道路の上を、捕縛を逃れた巨大な白い人がゆっくり歩いていくのが見える。

(2012年10月16日)

瓦落多の馬場

自動改札を詰まらせてしまった子連れの女の傍らに、改札装置の内部に詰まった瓦落多を駅員が次々と取り出しては積んでいくので、見る見るうちに背丈より高い山になってしまう。申し訳なさげなその女と、僕は目を合わせないように隣の改札を通過し、エスカレーターで高架のホームへ向かった。しかしあの百円玉や針金細工や半濁音や冠詞の混じった瓦落多は、写真に撮っておくべきだった。
高田馬場のホームはミルク色に沈殿した霞に浮いていて、毎日の利用者でありながら異様な標高に足がすくむ。ミルク色に沈殿した雲海から突き出す建物の影はそれぞれでたらめに傾斜しているので、垂直に立っていることができない。タイル貼りのベンチの背に手をついて恐る恐る移動していると、改札の女が軽やかに行く手をよぎり、彼女のふくらはぎに躓いてしまう。

(2012年9月23日)

多関節蛇列車

巨大な多関節蛇型列車が、竜のように形を変えながら高島平の発着場に降りてくるのを待ち受けようと気が急いている。北端の崖を走り降り、自転車を乗り捨て、線路脇に張られたピアノ線の縄梯子を注意深く踏み外さないように登りはじめる。

(2011年7月19日)

イクラのありか

コンクリートの地下にある埃っぽい部室で、秘密結社めいたサークルの連中がそれぞれの行為に没頭している。天井から吊った針金でスルスルと自在に上がり下がりを繰り返す男が、そろそろ健康診断が始まると言っている。半田ごてを握った男は、どんな大出力でも壊れないスピーカーに、百ボルトの電灯線を直につないで「なかなか頑丈だね」と感心する。僕は男子生徒女子生徒が混じるトイレで、検査の尿を採取するように言われる。こんな健康診断は、どうせ予算消化のためにやっているに違いない、役人の考えることといったら、と憤りながら、ふと自分がイクラを孕んでいることを思い出した。毛細管に危うくつなぎとめられたひと房のイクラを、ペニスの先の包皮で包んで、壊れないように注意深く抱え込んでいるのだった。こんなところにイクラを隠しているのがばれたら弁解が面倒だし、第一恥ずかしい。誰にも知られないことを願いながら、拭い取ったティッシュごと赤橙色の塊をごみ箱に投げ入れた。

(2002年4月4日)

とるとるとる

客である僕をまるで身内のように扱ってくれるその店で、乾杯のために出されたビールジョッキには粉状の青海苔が並々と注がれていた。粉体を飲み干すのがこんなにつらいことだとは思いもよらず、しかし特別な乾杯を飲み残すわけにはいかないので、店を出てからずいぶんたつのにまだ自分の内側に乾いた海苔の香りが貼りついている。

潮の香るこの町で、巻き針金を鉄道の操車場に届けるのが僕の仕事だ。作業服の男たちに、差し渡しが身長より大きい針金ロールを届けると、線路端の木の机になかば破棄された、あるいは不器用に展示された動物や人形などの工芸品群を見つける。青錆色に光を反射するこれらを、持って帰っていいものか、いやそれはことによると盗みになっていまうかもしれないから、やはりこれは写真で撮って帰るのが妥当だろうと、デジカメを向けてあれこれ構図を考えていると、背後に順番待ちのおばさんたちが撮影準備をはじめている。彼女らは写真を撮るにつけてもずうずうしく、さっきまで空に広がっていた綺麗な雲がほしいと一人が言うと、でもその雲はあなたがカメラで吸い取ってしまったんじゃないの、ともう一人。特売品を確保するごとく聞こえるこの人たちの言語には、撮る盗る取るの使い分けがない。

(2001年7月8日その1)

缶の高下駄

一足先に坂をのぼり佐々木の部屋に到着した僕は、Samがまだ来ないがどうしたんだろうかと佐々木の母親に尋ねる。すると安斎さんいますか?と言う声とともに突然窓の外にSamの顔が現れ、僕はひとまず安心するのだが、しかしここは二階なのにどうして窓から見える顔が水平方向なのだろうと、乗り出して見るとSamの両方の足もとは黒い空缶の上にある。その空缶も空缶の上にあり、視線を地面まで傾けると二本の長い直列空缶の上にSamが乗っている。紐つきの空缶を両足に履く竹馬遊びなら知っているが、こんな高下駄は見たことがない。どこでそんな芸を身につけたのかと尋ねるやいなやSamの背中から空に伸びたピアノ線は高いクレーンについた滑車に引き込まれ、Samも空缶もろともすすすーっと天空に舞い上がっていったのだった。

(1999年6月30日)