rhizome: 商売のじゃま

坂道の祝典

本当は行きたくない気分を押して式典にやって来た。しかしそこに会場はなく、朱色の橋の上、石垣の前、細く蛇行した坂道など、来賓が思い思いの場所に陣取って挨拶をしている。これはいい。うまいやり方だ。この形式なら知事の演説をパスできて都合がよい。

坂を登りきったところで、居眠りが襲ってくる。犬を連れた女が、いつの間にか添い寝をしている。犬は僕によくなついている。飼い主の女が誰で、女になついてよいものか、それがよくわからない。

長い縦の坂道に短い横路が渡されたあみだくじ状の坂道を、高速に駆け抜ける一団がある。走ること自体を目的にしたこのゲームの首謀者に、商売のじゃまだからやめろと店の主人がケータイで抗議している。しかし路地の隙間を走り抜けるぶれた人影ははっとするほど美しいので、むしろ観光資源になるはずだ。この町に集う人たちは、荷物をそこここに投げ出して走り回っている。志を同じくする人たちは、互いに信頼し合っている。ここはそういう美しい町だ。

無造作に累積した荷物の中から、自分の古びた鞄を探し出すと、中にカメラがない。よくなくすね、と小林龍生さんに言われる。「いやなくしたことはない、捨てたことがあるだけだ」と悔しまぎれに反論する。

(2010年11月7日)

猿おやじ

赤い手染めのシャツを格安で売るという怪しい男がいる。シャツは染めたばかりで、まだ水を含んでいる。僕は現金を持っていない。バッグから探し出した小切手を見せると、これは換金できないから判子もよこせと言う。バッグから特大の印鑑を探し出し、印の面に貼った和紙をはがすと自分の苗字ではない。そんな押し問答を暗い路地でやっていると、ここでそんなことをされちゃ商売にならねぇ、と神棚に乗った小型の猿のようなおやじにどやされる。しかしおっさん、なにも売ってないじゃないか。そんなことはねぇ、といきなり機械の軋むような声で唸り始め、猿おやじが浪曲師だったことがわかる。

(2010年9月26日その2)