rhizome: ケーキ

平行世界の職人たち

工具箱の中には、専門外の人間には用途の見当もつかない奇妙な器具がいくつも無造作に投げ込まれていて、人類のすべての道具をアーカイヴしているわれわれにとってこのうえなく貴重な宝箱なのだが、工具箱の持ち主である彼らはあっさりと箱ごとそれを貸してくれた。助手は土手の上の明るいところまで道具箱を運び上げ、棚田のように飛び出す蓋を左右に開き撮影を始めた。助手は個々の道具をレイアウトしなおしながら、ふと思い出したように僕の黒いノートが山頂のあたりに落ちていたのを見たと言う。なぜ拾ってこないんだよ、拾うだろうふつう、と彼を責め立てながら、「れめめwiki」の新しい項目としてノートに書かれていた「アッケポロウ」という顔料の精製方法を思い出してみるが、記憶が細部までつながらない。工具箱の持ち主たちは、その顔料をマッシュルームの入った塩ケーキを作るやり方で作り始めている。彼らは可能世界の職人なので、道具箱がなくても比喩的な方法でなにごともこなすことができる。

(2013年7月27日)

白砂ケーキ

崖を見上げると、斜面の岩を切り出した巨大な時計が見える。時計の側面には、子供のころ寝床から見上げた真鍮製の置時計と同じレリーフが彫ってある。あの丘の上の店を目指して歩いていけばいいのだ。店にはNTTの大和田さんがすでに到着している。テーブルには、シフォンケーキ型で抜かれた濡れた白砂がきっちり形をとどめている。ソフトバンクの犬のCMの演劇性について語りあいながら、白い砂を少しずつ掻き出す。こんな無駄な砂を入れていたからいつも鞄が重たかったのだ、と大和田さんが言う。

(2013年2月25日その1)

切断された家

女の子が喜ぶので、ついついケーキとクリームをたっぷり切ってあげた。すると土地の所有権比率の関係で、実家の東面がケーキナイフで切り取られ、舞台装置のように片面だけ開いてしまった。気をつけて暮らさないと二階から落ちるから、業者に強化ガラスを嵌めてもらうと母親が言う。
早稲田の飲み屋で飲んでいる。帰ると言ったはずのヌクミズがこれから夕日の飲み屋に行くと言うので、友人といっしょにヌクミズの優柔不断を責めながら、夕日の坂を登ったところで白い根付を拾う。切断された家で霊気が体を通り抜けているからこういうものに出会うのだ、と酔ったヌクミズに説明する。

(2010年8月24日)