rhizome: 滑る乗り物

銀河の見える屑鉄屋

首都高を走っていると、トラックの荷台から「これに乗り換えろ」と木の台車を差し出す男がいる。言われるまま乗り換えて、片足で蹴りながら首都高の陸橋を走る。これはたぶん道路交通法違反だと気付くと、前方に警官も見えてきたので、陸橋の途中からなめらかに斜めに分岐する道を降り、ここまでやって来た。

日本中のレアメタルを集めている屑鉄屋の暗い倉庫の中で、そこの息子の家庭教師をしている。小太りの子供といっしょに屑鉄の隙間から夜空を覗くと、雲間からまるで鱗雲のような銀河が見える。

(2010年9月26日その1)

砂のゲレンデ

一面砂の斜面は、一度降り始めたら止まらないほど急峻なゲレンデで、先に降りてしまった相方がどこにいるのかもわからず、怖気づいて滑り出すことができない。しかも、スタートラインより前は広告ページになっていて、どのページまでが広告なのかは、見る人によって判断が異なる。また「しまぶくろの理論」と称する解説ページも挿入されていて、斜面を滑るときの意識の集中ゾーンがおでこのあたりにあることが示されている。ページをさかのぼって屋上には、白いコンクリートにローラーを転がして、亀裂に雑草を植えている男がいる。

(2008年7月28日)

動物ボード

これが例のやつ、と季里ちゃんが見せてくれたのは、動物を形どった木の板で、それを尻にしいてスケートボードのように仰向けになると、ゆるゆると走り出した。曲がりたい方向に体を傾けるとそちらに曲がる。速度を思いのままにコントロールする力の入れ方もつかんだ。古いアパートの回り廊下で、床板の木目を軋ませながら試し乗りをしていると、季里ちゃんと布山君がラーメンを食べに行くと言うので、僕はこの新しい乗り物に乗ってついていくことにする。こんな遅い時間に食うわけにはいかないと、僕はいちはやく店を出て板を乗り回すが、鶴川の山の上にあるひと気のない繁華街から、さてどの坂道を下れば帰れるのか、見当がつかない。

(2008年5月13日)

脱線ジェットコースター

都営の電車は運賃80円。しかし、回数券には70円と90円しかない。70円を切り取って10円足して切符を買う。切り離した90円はもう無効です、と言われる。釈然としない。
小高い丘を降りかけたところにある駅から、電車は出発した。芝生に囲まれた美術館を横切り、東京を一望しながら走る。この路線に乗るのは初めてだが、こんな気持ちのよい景色ならちょくちょく乗ってもいい。
ジェットコースターの構造をした車両の後ろボックスに、男の子が数人乗っている。そらまめ形の頭の大きい男の子がボックスから落ちそうなので、彼を自分の前に座らせ、落ちないように両太ももで支えてやる。
そうこうしているうちに、自分のボックスだけ脱線して、普通の道を走っている。なにしろ動力がないから、坂を降りる弾みを利用して坂を登るしかない。これで目的地まで行き着けるだろうか。
そらまめ頭の彼は、近所の養護施設の子供で、名札を首からかけている。途中の病院に寄って、名札にある施設に電話をかけておいた。
なんとか自力で後楽園のレールまでたどりつくことができた。駅員に「この電車は途中で脱線した」と抗議する。そらまめの彼は、もう一人いた友人のことを気にしている。彼が知り合いの男の子に尋ねると、「あいつ、弱っていたから死んじゃった」と言う。

(1996年7月14日その2)

万能スノーボート

新種のスポーツだ。スノーボートのようだが、湿地、田んぼ、草っぱをぐんぐん滑っていける。簡単で気持ちがいい。本当はもっと別な、もっと難しいことをするつもりでここに来たのだけれど、日も沈みかけているし、ちょうどこの程度が楽しくていい。そう思っていると、小島陽子さんが、
「私が今日買うとしたら、これかしら」と、もう買う気でいる。それじゃ、プロの**さんに紹介しよう。
部室のような狭いところで、名前を思い出せない彼は、草の上を走るのは邪道だというようなことをさかんに言いはじめる。
「それは、本格的なものはこの程度じゃない、という意味ですか?」
「そうだ」とプロ。
小島さんが、買うか買うまいか、悩みはじめてしまった。

(1996年7月13日)