selection: すべての夢

性教育バス

家に電話をかけると、nanayoが裾の長い毛糸のカーディガンを着て尋ねてきていると言う。そのまま待ってもらうことにして、僕は『SASAS』という彼女の自伝的小説を読みながら帰途につく。露骨な性表現は白く伏せ字になっているが、ルビだけ残っていて、そこで何が進行しているのかルビ越しに把握できる。バスに性教育学校のご一行が乗ってきて、オナニーちゃんオナニーちゃんと呼ばれ「はーい」と答える子供がいるので、保育士がその呼び方を咎めるだろうかと見ていると、思ったとおり誰一人気に留めるものはいない。

(2008年10月3日その2)

ガムラン小宇宙

体育館のイベント会場には、さまざまな展示用の楽器が準備されつつある。とりわけ珍しい楽器を特別に体験させてもらうことになり、不安定な羊毛の高椅子を股にはさんで高いテーブルの天板を覗きこむと、米粒ほどの金属で作られた発音体がガムランのように並び、レンズで覗き込みながら針で音を出す楽器であることを理解する。女性の演奏者から、まず楽器の表に今日の言葉を書き入れてから演奏するように指示される。それは意味があるのか聞こうと思ったが、おそらく聞くことに意味がない。

(2008年10月3日その1)

空の絵

上板橋の飼料工場に接した踏み切りを待ちながら、東の空に絵が描かれているのに気づく。茶や黒の色面が空の半分をいろいろな形で塗り分けているが、瞬く間にそれは実験室の茶色い気体と化して、風に流されてしまう。

(2008年9月1日)

砂のゲレンデ

一面砂の斜面は、一度降り始めたら止まらないほど急峻なゲレンデで、先に降りてしまった相方がどこにいるのかもわからず、怖気づいて滑り出すことができない。しかも、スタートラインより前は広告ページになっていて、どのページまでが広告なのかは、見る人によって判断が異なる。また「しまぶくろの理論」と称する解説ページも挿入されていて、斜面を滑るときの意識の集中ゾーンがおでこのあたりにあることが示されている。ページをさかのぼって屋上には、白いコンクリートにローラーを転がして、亀裂に雑草を植えている男がいる。

(2008年7月28日)

巨木化する実家

実家の一部が巨木に侵食されはじめている。ぴたりと隣接していた工場が更地になり、突然あらわになった家の側面には、黒い肌に白い瘤をつけた巨木がいつのまにかめり込み、木はひたすら高く伸びているのに枝葉がない。アスファルトの坂をホッピング(バネ式遊具)で飛びながら、その光景を見ている。慣れ親しんだ自分の内臓を見ることがあれば、きっとこんなふうに鳥肌が立つのだろう。家の中で、母親は昭和の昔と同じようにおどけたり転げまわったりしている。

(2008年7月6日)

古書店の笑う猫

古書店店主の屋敷は板張りの廊下が迷路のようで、それが宗教団体としての威厳と財力を誇示している。僕は、古書店店頭の廉価本を十万円ほど買いあさり、その支払いのためにやってきた。これは果たして上手な買い物だったのだろうか、いくぶん悔いる気持も頭をもたげながら、なかなか店主のいる場所に行き着けない。黒光りする廊下の奥で、赤く充血した眼をかきむしりながら人間のように笑う猫が、こちらを見ている。

(2008年5月17日)

動物ボード

これが例のやつ、と季里ちゃんが見せてくれたのは、動物を形どった木の板で、それを尻にしいてスケートボードのように仰向けになると、ゆるゆると走り出した。曲がりたい方向に体を傾けるとそちらに曲がる。速度を思いのままにコントロールする力の入れ方もつかんだ。古いアパートの回り廊下で、床板の木目を軋ませながら試し乗りをしていると、季里ちゃんと布山君がラーメンを食べに行くと言うので、僕はこの新しい乗り物に乗ってついていくことにする。こんな遅い時間に食うわけにはいかないと、僕はいちはやく店を出て板を乗り回すが、鶴川の山の上にあるひと気のない繁華街から、さてどの坂道を下れば帰れるのか、見当がつかない。

(2008年5月13日)

室内の滝

暗くて巨大な講堂の内部に、轟々と流れ落ちる幅の広い滝があり、滝の裏面を内側から望む小屋の中に、幸村真佐男さんが住んでいる。それを僕は、講堂の天井の梁から見ている。

(2008年5月11日)

絣の車

青い外車に乗って年長の男がやってくるのをガソリンスタンドで待っている。どのガソリンにするのか、と店員に尋ねられ、僕は運転をしないのでよくわからないが、牛肉がレギュラーだとするとマトンのようなガソリンだと思う、と答える。
絣(かすり)の生地で車体が覆われた車に乗って、男がやってくる。彼の目当てが僕の従姉だということは、うすうす気づいている。しかし玄関を開けると、立っているのは見知らぬ女性で、初めて会うにしてはあまりに顔が近い。

(2008年4月15日)

半透明ホテル

ホテルの高層フロアは、回の字に一周する廊下から外が一望できる。廊下の内側に面した各部屋は、壁が半透明のガラスで、内部がぼんやり透けていることを承知している客たちが、裸を巧みに隠しながら交尾をしている。ときおり、平板な女の胸が見える。
僕は、谷を挟んで向こうにある高層ビルの一室に、書類を納品しなくてはならない。おそらくトイレにいる連れを探して、水族館の魚のように廊下を何度も周回している。そろそろここを出なくてはならない。重要なのは書類そのものではなく、時間までに机の上に書類を乗せることである。

(2008年4月11日)

テテンドプロトス

風間が自宅の庭の百日紅(サルスベリ)の木を、素手で根こそぎ引き抜こうとしている。それは真上に引いてはだめで、根のツボをおさえて横に引かなくては、と教えると、驚くほど簡単に引き出せた根のあとに、図書室への入り口が開いた。

僕の自転車は、ハンドルの付け根がネジでなく、三本に枝分かれした細い鉄線で、しかもそのうち二本の溶接が外れかけている。もうこれは乗り捨ててしまおう。そう心に決めた。

寺子屋のような板敷の図書室で、机ひとつ隔てて本を読んでいる女は、顔半分にそばかすが多い。女は会話の糸口を探しているようだが、なかなか視線を合わせることができない。手慰みに這っているカメムシをボールペンの先でつつくので、虫は勢いよく羽ばたき、室外へ逃げていった。

夜も更けた家並みを縫って、家よりも大きな黒い魚が、庭に腹を擦るようにして空中を泳ぐのが見え、あれはなんだと尋ねると、女はそばかす側の明瞭な顔で「テテンドプロトス」と答える。あの魚を見るのは始めてなのにまたその名前か、と思う。

(2008年4月2日)

ストリートチュードレン祭り

竹内郁雄氏一行を乗せたトラックの荷台に乗りそこねてしまったため、僕はひとり遅れてレストランにたどり着くと、彼らはすでにテーブルに直接拡げた食い物を手で掬い上げては頬張りはじめていた。ここは皿とテーブルが、まだ分節化していない。
外は海外のストリートチュードレンを日本に紹介する祭りの最中で、切り立った斜面に挟まれた道は、招待されたにしてはあまりに多すぎる家のない子供たちであふれている。足をぶらぶらさせながら土手に腰掛けている少年たちが、笑いながら手を振っている。

(2008年3月19日)

地下の川

張りめぐらされた地下鉄の暗いトンネル網には、澄んだ水が流れている側溝がある。魚が遡上できるようになっているのだと言う。ふと乳輪の薄い乳房が浮いているのを見つけて、手ですくいあげてみる。

(2008年3月15日)

操車場の樹林

暗い地下鉄の操車場に、針葉樹が整然と生えている。油と鉄粉で覆われた黒い地面から、はるか先端が見えないほどの木々が聳え、その先端を支えにして地上が乗っている。
nanayoは地上の屋台で買い物をしている。鍛冶屋が手で作った金物は、ひとつひとつ木箱に入っている。nanayoは紙のように薄く延ばした鉄のパレットナイフを選んで買ったそうだ。花火屋からは、茶巾に導火線のついた花火もいくつか買った。これから向かう先が華やぐから、そう言って僕もいくつか花火を買う。

(2008年3月12日)

肘の肉片

肘の手術を受けるため、ベッドに横たわっている。数人の看護婦が、窓際でTシャツを交換しあったり、互いに手の角度を千手観音のようにずらしたりして騒いでいる。この病院は賑やかでいいですね、と医師に話しかけるが、ラッパ形のステンレスから噴出する蒸気をたっぷり吸ってしまった僕の言葉は言葉になっていないようで、彼は理解できないそぶりをする。肘から切除された軟骨は、ベッド大のステンレスバットに投げ込まれる。食品売り場の牛モツのようにうずたかく盛られた肉の断片を、へらでぺたぺた塗り固めている白衣の男がいる。

(2008年3月2日)