rhizome: 魚

カツオの身投げ

デパート屋上にある側溝を猛スピードで駆け廻っているカツオが、勢い余ってフェンスを乗り越えそうになる。網の上端で危うく堪えている魚を救出しようか迷っているうちに、カツオはしだいに外側へ傾き、駅前広場めがけて落下していく。

(2013年9月10日その2)

火薬庫の清流

戦時中に火薬庫だったといわれる場所はいつも大きな赤門に閉ざされているが、通用門が開いているのを初めて見る驚きのあまり、つい中に入ってしまった。これだけ広い土地を遊ばせておけるのは、管理しているのが東大だからだろうか。地面は乾いているのに、目の高さからは浅い清流が流れているように見え、ときどき鮮やかな何かが魚のように素早く逃げていく。この場所にこっそりトラックを停め続けている業者に、これはいったい何なのかと訊ねるが、体を後屈しなければ大丈夫なのだ、と質問の答になっていない。これだけの空き地の存在を周囲から気づけないのが不思議で、門から外に出てぐるりと一周切り取るように道を歩きはじめると、火薬庫をとりまく家々は暗い飲食店ばかりで、どこもあまり客が入っていない。テーブルも椅子も置かない餡蜜屋に入り、店の奥に行こうとするが拒まれる。流しで手を洗うふりをして勝手口から裏に出ると、思った通りあの空き地に面していて、どの店も水のような幻覚のようなものを筒で吸い出している。ためしに体を思い切り後ろに反らすと、ふっと体が浮いて、このあたり一帯の地図が俯瞰できた。

(2013年8月18日)

ソラリスノート

ノートに列挙された名前の最後に、渡邊真理子と書かれてある。名を書かれた人の記憶によって部屋の内部構造が勝手に変わるソラリスノートなので、自分の家にもかかわらずどんどん変更されつづけ、馴染みきることができない。客人たちは持ち込んだプロジェクタで動画を投影しようとしているが、部屋の灯りを消すスイッチがどこにあるかすらわからない。ようやく見つけたスイッチは、工場の主電源のように大げさで、いままで一度も触れた記憶がない。住み込みのお手伝いさん(そんな人がいたのか)の部屋からまだ少しだけ灯りが漏れているが、就労時間後の私生活に干渉するわけにもいかず、我慢することにする。奥にいるKが「客はサピエンスネットの人たちか」と聞くので、「早稲田のゼミ生だ」と答える。家族たちは蝋引きの紙で作られた生簀に活きの良い魚を投げ込んでいる。魚はとたんに自然発火し、ローストされた魚の良い香りを放ちはじめる。

(2012年10月20日)

半透明ホテル

ホテルの高層フロアは、回の字に一周する廊下から外が一望できる。廊下の内側に面した各部屋は、壁が半透明のガラスで、内部がぼんやり透けていることを承知している客たちが、裸を巧みに隠しながら交尾をしている。ときおり、平板な女の胸が見える。
僕は、谷を挟んで向こうにある高層ビルの一室に、書類を納品しなくてはならない。おそらくトイレにいる連れを探して、水族館の魚のように廊下を何度も周回している。そろそろここを出なくてはならない。重要なのは書類そのものではなく、時間までに机の上に書類を乗せることである。

(2008年4月11日)

テテンドプロトス

風間が自宅の庭の百日紅(サルスベリ)の木を、素手で根こそぎ引き抜こうとしている。それは真上に引いてはだめで、根のツボをおさえて横に引かなくては、と教えると、驚くほど簡単に引き出せた根のあとに、図書室への入り口が開いた。

僕の自転車は、ハンドルの付け根がネジでなく、三本に枝分かれした細い鉄線で、しかもそのうち二本の溶接が外れかけている。もうこれは乗り捨ててしまおう。そう心に決めた。

寺子屋のような板敷の図書室で、机ひとつ隔てて本を読んでいる女は、顔半分にそばかすが多い。女は会話の糸口を探しているようだが、なかなか視線を合わせることができない。手慰みに這っているカメムシをボールペンの先でつつくので、虫は勢いよく羽ばたき、室外へ逃げていった。

夜も更けた家並みを縫って、家よりも大きな黒い魚が、庭に腹を擦るようにして空中を泳ぐのが見え、あれはなんだと尋ねると、女はそばかす側の明瞭な顔で「テテンドプロトス」と答える。あの魚を見るのは始めてなのにまたその名前か、と思う。

(2008年4月2日)

地下の川

張りめぐらされた地下鉄の暗いトンネル網には、澄んだ水が流れている側溝がある。魚が遡上できるようになっているのだと言う。ふと乳輪の薄い乳房が浮いているのを見つけて、手ですくいあげてみる。

(2008年3月15日)

二つの太陽

子供は部屋で古いデジカメをおもちゃにして遊んでいる。太陽が二つあり、まだ沈んでいない片方は宗教団体が作った人工の太陽で、電球色の表面に動画が仕組まれている。女は30日のパーティーのために、古い高層建築の最上階にある魚屋で買い物をしている。30日に来る男のために女が昂っているのを僕は知っていて、変わった生魚の切り身を前にしながら嫉妬で機嫌が悪い。子供がおもちゃのピストルで遊んでいる隣の部屋で、僕は女と二度目のセックスをしようとしているが、女の股間は○と×の記号が縦に並んでいるだけで、○をいくら舐めても彼女に次の発情がやってこない。多夫多妻を推奨する宗教のせいで、みんな気持ちが変わってしまった。ひとりの女にこだわる時代遅れの感情をどうにかしないと、いろいろなことがうまくいかない。いつのまにか帰宅した父が女と関係していることを僕は容認していて、しかし意外に若い父の勃起を目の当たりにすると、許せない気持が沸き起こる。女は次々と過去の恋人を自分の動画に重ねては取り替えている。相手が誰に定まるわけでもないのに、彼らが僕を話題にしながら裸体を重ねることを想像していたたまれなくなり、二つ太陽のある夕暮を散歩しようと自分の靴を探しはじめる。

(2007年2月20日)

海を臨むマンション

まさか住み慣れたマンションに地下があり、しかもそこにRが住んでいるとは思いもよらなかった。プールの底がガラス張りで、そこを天窓とする地下にもうひとつプールのある部屋がある。光がこぼれ落ちる二重底プールが隠されていたのだ。
「隠すつもりはなかったんだけど」と、彼女が開けた窓から海が垣間見える。ああ、海沿いの崖を登ったときに見えた窓はここだったのか、と納得する。

厨房の勝手口で、コックが「魚お造りしましょうか?」とRに声をかける。長年住んでいるが、このマンションに食堂があり、こんなサービスがあることを知らなかった。食堂で中庭のおしゃべり女たちに混じって食事をとる。ここで食事をとるのも、もちろん始めてだ。常連たちの視線がRと僕に注がれる。オマール海老を剥いていると「そろそろ出発の準備しないと」とRに促される。

着替えるために二階の自分の部屋に戻ると、新聞勧誘員の清水と名乗る男が待っている。清水は、これから階下で始まる出発の儀式のために正装を用意したと言う。これを着て「海ゆかば」を歌いながら出発してくださいと言う。僕は年齢的にも思想的にもそういうことはしないのだと言いながら海軍将校の軍服らしきものを手にとると、それはジャージで、背中にジャイアンツのマークが入っている。

一階の入り口にはたくさんの人が集まっていて、この事態に困惑するRの顔も見える。小学生たちが駆け寄ってきて、あんざいさんの生まれた家を知っている、と言って指さした指の先からジグザグの光線が描かれ、光線の先をたどると確かに中台の実家の勝手口に届いている。現在そこには、見知らぬアル中の主婦が住んでいる。アル中女は、おぼつかない手で握ったコップの酒をぶちまけてしまい、酒は窓に張り付いた野生の海老にかかる。遠赤外線ストーブの熱がガラス越しに海老に当たり、酒蒸しになった海老がしだいに良い匂いを放ちはじめた。

(2000年6月19日)

鮭の手掴み場

そこは意外なほど近所なのに、いままで見たことのない谷あいの暗い道沿いある。有刺鉄線で囲まれた釣り堀に鮭が放流されていて、手掴みで鮭をつかまえる人で賑わっている。
僕はそこに鮭を捕りに来た。もうずいぶん遅い時間で、客はどんどん帰っていく。僕は水深が気になっている。係のおじさんが二人、運転免許証があるか、とたずねる。僕は免許をもっていない。今日はしかたないから入れてあげよう。
彼らはなにかを待っていて、それが来るまで僕は入れてもらえない。彼らと世間話をするのが、しだいに苦痛になっている。しかし愛想を保ちながら、彼らが堀の内面に作った透明な壁の話などを、感心しながら聞いている。どんどん暗くなって、どんどん客が少なくなる。

(1996年1月8日その1)