rhizome: 七世

花火とトンボ

七世さんが歯の治療のためにあの世から帰ってきていると、歯医者の草間先生から伝え聞く。実家にやってきた七世さんを、晩御飯を食べていかないか、泊まっていけばいい、と母が引きとめている。神戸の家の地下でやった小さい芝居の話など、積もる話は尽きない。窓越しに垣間見える花火を見て、親戚の男の子と七世さんがはしゃぎながら坂を登って花火大会に駆けていく。先に帰ってきた男の子が、あの人は変だ、花火が上がるとトンボの目をして空に舞いあがろうとする、と言う。

(2016年8月1日)

まがたまに抱かれる

水路に面した懐かしい家にたどり着き、木の階段を二階に上ると、勾玉の形をした七世さんの分身が何体も横たわっている。大きさが一様でないのは、胚から魚になり、魚から尻尾が取れるまでの系統発生図の各段階が何かの弾みでばらばらになってしまったからだ。
一階で芝居が始まろうとしている。桟敷の隅に腰を下ろし、あたりの喧騒をぼんやり眺めている。背後から包み込むように七世さんの匂いが近づいてくる。懐かしい感情が鼻腔を満たす。

(2015年7月19日)

テクスチャーマッピング

鉄道警察は広大な吹き抜けのある建物の九階にあり、改札でカードを入れ間違えたことをさんざん詰問されたあとで、さて九階から一階をストレートにつなぐ長いエスカレーターを降りようか、あるいは撮影しながらじっくり階段を降りようか迷っている。
九階ホールには浅く水の溜まった窪地があり、そこを通過する人の上半分が、黒ゴマ豆腐の質感にテクスチャーマッピングされる。自分もその窪地に入ってみると、周囲の人が憐みの混じった奇異の目を向けるので、自分も同じように黒ゴマ豆腐化して見えていることを理解する。いや僕が可哀そうではなく、これは解釈の問題、見る側の問題なのだ、と反駁したいが石化した神話の人物のように声が出ない。
四階広場で、結婚を約束したnanayoさんが鏡に向かって髪を梳っている。これから僕の親に会うために、髪のある高さの一周だけ細かいパーマをかけている。それはきっと僕の親には理解されないだろう、と彼女に言う。

(2010年2月6日)

性教育バス

家に電話をかけると、nanayoが裾の長い毛糸のカーディガンを着て尋ねてきていると言う。そのまま待ってもらうことにして、僕は『SASAS』という彼女の自伝的小説を読みながら帰途につく。露骨な性表現は白く伏せ字になっているが、ルビだけ残っていて、そこで何が進行しているのかルビ越しに把握できる。バスに性教育学校のご一行が乗ってきて、オナニーちゃんオナニーちゃんと呼ばれ「はーい」と答える子供がいるので、保育士がその呼び方を咎めるだろうかと見ていると、思ったとおり誰一人気に留めるものはいない。

(2008年10月3日その2)

操車場の樹林

暗い地下鉄の操車場に、針葉樹が整然と生えている。油と鉄粉で覆われた黒い地面から、はるか先端が見えないほどの木々が聳え、その先端を支えにして地上が乗っている。
nanayoは地上の屋台で買い物をしている。鍛冶屋が手で作った金物は、ひとつひとつ木箱に入っている。nanayoは紙のように薄く延ばした鉄のパレットナイフを選んで買ったそうだ。花火屋からは、茶巾に導火線のついた花火もいくつか買った。これから向かう先が華やぐから、そう言って僕もいくつか花火を買う。

(2008年3月12日)

ミルク色の死者

斜面にめり込んだ家々の屋根より、坂道のほうが高いところにあるので、道から注意深く足を伸ばして天窓に入ることができる。天窓から壁を伝って部屋まで降りる途中で、いままでいっしょにいたnanayoが居なくなっていることに気づく。
どこではぐれたのかまったく思い出せない。僕は彼女が死んでしまったことを感じ取っていて、せめて彼女が部屋のどこに残っているか考えはじめる。
銀色のスプレー缶の噴出口と、点火したガスバーナーの噴出口を向かい合わせると、スプレー缶の先は次第にオレンジ色に光り始める。炎が尽きると、印刷された取扱説明の文字の上に、濃いミルク色の物質がわずかに残る。その物質を指で掬い取り舐めてみるとnanayoの味がする。彼女はやはりここに居て、缶の中にとどまっていてくれた。

(2007年10月3日)