rhizome: 名前

遺失物袋

土でできたスタジアムのカルデラ外縁を歩きながら、すり鉢の中で遊んでいる子供たちが投げ上げたボールを拾う。投げ返すつもりが、外側の壁と道路の隙間に落としてしまう。狭い隙間に降りると、管理のおじさんたちから「安斎さん」という付箋をつけた袋を渡される。そこにはかつて自分が隙間に落としてしまった五百円玉などがたくさんつまっている。

(2016年5月15日)

テテンドプロトス

風間が自宅の庭の百日紅(サルスベリ)の木を、素手で根こそぎ引き抜こうとしている。それは真上に引いてはだめで、根のツボをおさえて横に引かなくては、と教えると、驚くほど簡単に引き出せた根のあとに、図書室への入り口が開いた。

僕の自転車は、ハンドルの付け根がネジでなく、三本に枝分かれした細い鉄線で、しかもそのうち二本の溶接が外れかけている。もうこれは乗り捨ててしまおう。そう心に決めた。

寺子屋のような板敷の図書室で、机ひとつ隔てて本を読んでいる女は、顔半分にそばかすが多い。女は会話の糸口を探しているようだが、なかなか視線を合わせることができない。手慰みに這っているカメムシをボールペンの先でつつくので、虫は勢いよく羽ばたき、室外へ逃げていった。

夜も更けた家並みを縫って、家よりも大きな黒い魚が、庭に腹を擦るようにして空中を泳ぐのが見え、あれはなんだと尋ねると、女はそばかす側の明瞭な顔で「テテンドプロトス」と答える。あの魚を見るのは始めてなのにまたその名前か、と思う。

(2008年4月2日)

カラスを掴む

目の高さまで書類が堆積している見通しの悪い部屋で、カラスを捕えようとしている。書類を丸めてはカラスの上に投げるので、カラスはなかなか飛び立てない。いよいよ部屋の隅まで追い詰めると、うかつにもわずかに開いた扉の隙間から、次の部屋に逃げ込んでしまう。そこは一変して整然と机の並んだ病院の薬局で、カラスはもう一羽と合流して二羽になっている。
一羽は、白い羽にさまざまなブルー系の色が浮かび上がっている。もう一羽はオレンジ系の色に彩られている。カラスに異変が起きたのではなく、追いかけてきた僕の目の異変であるのに間違いないのは、彼らの映像それぞれにひらがな三文字の名前がオーバレイされていることでわかる。立て続けにその名を呼ぶと、僕は左手に一羽、右手に一羽、それぞれの足を握り、吹き抜けの広い空間を自在に飛び回ることができた。

(2007年4月14日)

カテゴリーカード

車座になって草原真知子さんの授業を受けている。隣から回ってくる絵のカードをカテゴリーをずらしながら説明しなくてはならないのだが、ant、horseなどと動物の名を列挙していると、いきなり真知子さんに「gray」と評定されて次の人に回ってしまう。

(2005年7月30日)

石棺の女

駒込の交差点は、車両を通行止めにしているせいかいつもより広々と感じられる。そこに儀式めいた黒い車や、霊柩車、テレビの中継車などがゆっくりと横切っていく。人の歩く速度の車列についていくように歩いているのだが、道筋はまるで廃品回収の車のようにあてどもない。テレビのモニターに映る自分の服装は、性器のあたりだけうっすら黒々と透けていて、作者の意図を重んじてそのまま放映しています、というテロップが重なっている。死んだ女性は何とか皇子といった名だが、そんな名前だったのか、もっと普通の名前ではなかったのか、と混乱しながら、一足先に彼女の家に行ってみることにする。彼女がいったい誰だったかはっきり思い出せないのは、自分の脳の連続性がおかしくなっているのだと思う。しかも目の前の女は生きていて、よしよしどうした、何しよう、まずご飯を食べようか、などと狼狽する僕をなだめてくれる。僕は平静を装いながらも、いま一番したいのは食事ではなく体をぴったりくっつけることだと言うのだが、相手の体は視界になく、体と体の組み合わせ方をいくら考えても、対象が四角い石棺になってしまい、頭の中で形が組み合わないのは自分の脳のせいだと思う。つい口にしてしまう「死ぬのって時間かかった?」という問いに「そうねぇそんなでもなかったよ」と答えた女は、死んだことが確定したとたんに顔がSamになり、涙と苦しさがとめどなくこみあげてきてどうにも止まらなくなってしまう。

(2003年7月9日)

ボルゴさんの子供

彼の子供には形がない。なまこのようでもあり、ウニの刺し身のようでもあり、ペニスのようでもある。口があって話ができる。時折、ペニスの先の穴のような口で噛みつく。その子供をソファの片隅に乗せて、広大な要塞から救出してきた。
ボスは、その子供を捕らえようとしている。子供は相手の顔にしがみつくと、まるで変形ロボットのような構造を有機的に変形し、相手の身動きを封じ込める。
トランクに隠していた子供が見つかってしまい、組織のボスの手に渡ってしまうが、しかし子供は今度は液体になって、地面に染み込んでいく。父親に「なにかあったら、呼んでください」と言い残す。

子供の父親はボルゴさんという名前で、正義の味方として活躍するボルゴさんの連続ドラマがはじまる。ボルゴさんがやってくると、彼の手には大きな手袋に変形した子供が嵌っていたりする。ボルゴさんは関口ひろしのように笑いながら登場し、今週は入院している悪人の点滴や人工呼吸機にしがみついて、彼らを滅ぼしてしまう話だ。
ボルゴさんの番組を見ていたら、いとこのYがやってきて「宿題はどうした」としつこく尋ねる。

(1996年9月2日)