rhizome: ネジ

黒い微細ネジ

髪の毛よりも細く、黒い微細なネジが、テーブルの埃にまみれている。埃の繊維ほどの太さしかないネジを、埃ごと注意深く掬い取り、指でつまんだままネジを入れるプラスチック容器を探しているのだが見当たらない。ネジは微生物のように泳ぐので、指紋の谷に嵌ってしまう。

(2017年12月24日)

無言タイプの妹

検査のため病院のベッドに横たわっていると、下半身の衣服をまとめて引きずり下ろされる。先端に太いネジのついたゴムサックを性器に被せ「このまま少しつけていると、沁みだした液体を解読して全部の検査が終わるから」と看護婦さんが言う。
しばらく病院のあちこちを歩きながら、ゴムの先端ネジをカメラの底にねじ込むとぴったり嵌る。思った通り、雲台と同じネジ規格だ。看護婦さんがサックを外しに来る。もったりと他人のような性器が現われ、濡れた薬の匂いを放っている。
一人乗りの小さい車で水路沿いのバラック小屋に帰ると、玄関の前で声をあげて争うふたりの子供がいる。仲裁のために近づくと、子供の姿はなく、水の入った二つのペットボトルの間に赤い蟻が行列を作っている。玄関から覗くと、妹が帰ってきている。お医者さんから検査結果を聞くのを忘れてうっかり帰ってきちゃったよ、とおどけてみせるが、妹は終始無言だ。何か怒っているわけではない。これは声が欠落した種類の妹なのだ。

(2015年7月1日)

桜井さんの巻き髪

桜井さんの御嬢さんが二階の部屋にはじめてやってきたとき、僕の布団にはたくさんのネジがばら撒かれていた。あわててネジをまとめて容器に片づけてしまい、時間をかけた分類作業をいっきに無にしてしまう。機械油に汚れた皺だらけのシーツの恥ずかしさに動揺しつつ、ふと目に入ったこの人のうなじは見事な巻き毛だった。

(2013年10月2日)

テテンドプロトス

風間が自宅の庭の百日紅(サルスベリ)の木を、素手で根こそぎ引き抜こうとしている。それは真上に引いてはだめで、根のツボをおさえて横に引かなくては、と教えると、驚くほど簡単に引き出せた根のあとに、図書室への入り口が開いた。

僕の自転車は、ハンドルの付け根がネジでなく、三本に枝分かれした細い鉄線で、しかもそのうち二本の溶接が外れかけている。もうこれは乗り捨ててしまおう。そう心に決めた。

寺子屋のような板敷の図書室で、机ひとつ隔てて本を読んでいる女は、顔半分にそばかすが多い。女は会話の糸口を探しているようだが、なかなか視線を合わせることができない。手慰みに這っているカメムシをボールペンの先でつつくので、虫は勢いよく羽ばたき、室外へ逃げていった。

夜も更けた家並みを縫って、家よりも大きな黒い魚が、庭に腹を擦るようにして空中を泳ぐのが見え、あれはなんだと尋ねると、女はそばかす側の明瞭な顔で「テテンドプロトス」と答える。あの魚を見るのは始めてなのにまたその名前か、と思う。

(2008年4月2日)

ネジ山の北朝鮮

険しい崖から削り出された山道を、佐々木俊尚さんと歩いている。神田川沿いを歩きはじめたのに、真下の断崖は深くえぐれてそこはもう北朝鮮だ。ブリューゲルのバベルの塔の構造を模しているので、こういう立体空間では平面上の国境は意味ないね、などと話しながら歩いている。しかも、ねじ山をひとつ間違えると簡単に北朝鮮に紛れ込み、いつのまにか夏の学生服を着て国家に服従する自分に幸福を感じる。問題は国家でも思想でもなく自分自身とねじの関係なんだ、と潜めたはずの声が、意外なほど長く洞窟に響いて消えない。

(2004年8月15日)