rhizome: 古本屋

未知領域の古書

ついに閉店する古書店の天井近くの黒塗りの書架に聞いたことのない時代の聞いたことのない美術潮流の棚があり半額で放出しているのだが未知領域すぎて本を選びようがなく途方に暮れるそばから確信をもって希少な一冊をかすめ取っていく青年がいて残念きわまりない。

(2017年9月25日)

VR古書店主

江古田に向かう坂の途中で、近所のハヤカワさんから首長のガラスカプセルに入ったドリンクをもらう。道端に業界人を集めて、ガラスドリンクのパーティーをしている。少し参加したが、話がかみあわないので引き上げる。いつもの木の椅子に座って坂をいっきに石神井川まで滑り降り、川辺を歩くと古本屋がある。黒い小顔の店主は、本の集め方がおかしい。同じ本が何冊もある。ある年の月刊イラストレーションばかり数竿の本棚を占め、入りきらない分は床から積み上げてある。いちめんの色あせたオレンジ色の背表紙。店内の写真を撮っていいか店主に尋ねると、店主自身がポーズをとり、娘や孫まで呼んできてひとりづつ店番に座らせる。僕はスマホをヘッドマウントディスプレイに嵌めて撮っているので、VRの向こうにリアルな店番がいるのかどうかわからない。

(2016年10月17日)

ミタのロードテスト

東京駅近く、古本屋が軒を連ねる路地がある。路地から大通りにさしかかる門口に立つと、その日買った本に合わせたテーマ音楽が自動的に鳴り響く仕掛けがある。僕は、友人の個展のパンフレットをコピーするためにコンビニを探している。作品は欲しくないが、作品の写真のコピーをどうても手に入れたい。路地の真ん中に置かれたコピー機をみつけ、ともかく使い始める。ミタの開発者だという男たちがあらわれ、いま機械の耐久試験をしているので使わないでほしいと言う。

(2014年8月23日その2)

演じられた母親

猥雑な古本屋に布団を敷いて、赤い下着で女と寝ているところを母親に起こされた。気まずい空気のまま和装の母はどんどん老舗の料理屋にわれわれを導き、乱雑な卓のひとつに座らせると、そのまま自分は姿を消してしまった。客が入るたびに卓は隅に追いやられ、料理も来ないままほとんど座る空間もなくなってしまうので、これはどこがおかしいと席をたつ。料亭からの帰路、割烹着のまま歩き煙草を始める母を見て、この母を演じている女は女優としてどこか間違っていると思う。

(2012年12月25日)

マゼラン雲銀座

上板橋の南口銀座からは、南半球でしか見えないマゼラン雲が見える。南口銀座の中ほど、おでん種の店で売られているゆで卵は、見た目よりやや青白くデジカメに写る。スペクトルの青方偏移を見るためにフィルムを装填したいのだが、デジタルカメラの裏蓋を開ける機構がどこに隠れているのかわからない。古書店の廉価本コーナーに座っている釣り堀のおやじは夕焼けを眺めながら、いつものおかしな息継ぎもなしに「マーラーはこの曲がり角でときどき火事に出会う」とつぶやく。

(2012年10月18日)

昆虫進化広場

古本屋のある坂を下ると、草もない空き地のそこここに子供たちが集い、カナブンを集めている。昆虫は煙のように舞い上がり、空中交尾のたびにワニぐちのゴキブリなどに進化する。子供たちは昆虫の発する化学物質を記録していて、夕暮の広場でパワポのプレゼンをしては、歓声をあげている。

(2009年12月30日)

火山岩に埋もれた古本屋

坂道のたもとで、美大生がガラス板に山火事の絵を写生している。しかし山火事はどこにも見当たらない。見渡す限り青いガラス質の火山岩が、ただごろごろところがっているだけだ。
坂道を登りつめたところに、古本屋がある。人がやっとくぐり抜けるほどの木枠の出入り口が五つあり、そのうちのひとつに靴を脱ぎ、中に入った。黒く燻された古民家の本棚を一通り漁り、そろそろ出ようとするが靴がない。ここは入った口とは違う敷居だ。靴を脱いだ出入口がどこにあるのか、迷路のような内側からは見当もつかない。ガラス窓の外を見ると、美大生の描いた山火事がどんどん迫っている。

(2008年11月27日)

古書店の笑う猫

古書店店主の屋敷は板張りの廊下が迷路のようで、それが宗教団体としての威厳と財力を誇示している。僕は、古書店店頭の廉価本を十万円ほど買いあさり、その支払いのためにやってきた。これは果たして上手な買い物だったのだろうか、いくぶん悔いる気持も頭をもたげながら、なかなか店主のいる場所に行き着けない。黒光りする廊下の奥で、赤く充血した眼をかきむしりながら人間のように笑う猫が、こちらを見ている。

(2008年5月17日)

偶然の小冊子

とっておきのプレゼントを勿体ぶって手渡すにはあまりにも騒々しい集会場で、僕はなんとかこの本との偶然の出会いを感動的に伝えるべく演出するのだが、なかなかうまくいかない。近くの古本屋で偶然手にとった小冊子はあきらかに学生グループの手作りによる小品集で、葉書ほどのさまざまな紙にさまざまなスタイルの絵が描かれている。危うくばらけそうな本の造りに惹かれ、たまたまひらいたページに懐かしいスタイルを発見し、作者の名前を見ると中村理恵子と書かれている。二束三文の値段がつけられたこの本を買い、一刻も早く報告したい気持をおさえてここまできた。しかしこの喧噪のなかで、当の作者の反応はいまひとつで感動がない。自作品への嫌悪なのかたんなる照れなのか読み取れないまま、ともかくその古本屋へいっしょに行き、まだいくつか潜んでいるかもしれない同類の本を探すことになる。
マンション脇の坂を登っていくと、外壁に組まれた丸太の足場から黄色いロープがいくつも垂れていて、たくさんの子供たちがその危険な遊具に張り付いて遊んでいる。

(2001年7月15日)