rhizome: 感情

鬼子母神簡易宿泊所

交差点の四つの角のうちの三つに、僕らはそれぞれ腰かけて、音楽と自己組織化について話をしている。お互いの表情は遠くて見えないのに、小さい声はすぐそばに聞こえる。音の反射が音の虚像を作るんだよ、と虚像のikegさんが言う。
鳥居が並ぶ鬼子母神脇の道端は、区画ごとに布団が敷かれた宿泊所になっていて、時計はまだ九時で帰れないこともないのだが、今夜はここに泊まることにする。
道端の布団でくつろぎながら、感情の幾何学について熱弁するkazetoに、君の研究は非常に重要だとエールを送ると、彼はさっと手をあげて帰っていった。鬼子母神の赤い木組みの迷路に紛れ込み、待ち構えていた内田洋平らしき僧から梅酢と出汁で煮込んだ山芋をいただく。

(2012年8月23日)

さえずりカード

twitterのつぶやきがカード状の物体になっていて、出現したり消えたりするたびに感情がわきあがる仕組みになっている。どういう原理を使っているのか、なかなかわからない。見る方向によって感情が違うのがヒントだよね、とviscuitさんが言う。
天井の高い体育館でミサが始まる。中継ブースのあたりで、車椅子の男のケータイ着信音が鳴り止まないので、スタッフが車椅子を外に押し出そうとしている。
いさかいが苦手な僕と僕の友人の小さい生き物は、隣の部屋に隠しておいた小箱から濃縮ジュースに関する秘密文書を取り出し、ジュースの仕組みについて技術的な相談を始めた。小さい生き物は、感情をオブジェクトにしないから不愉快が生まれるんだ、と言う。

(2010年1月7日)

心に効くホヤ

彼女は今日も彼女の家でヒステリックに叫んでいるので、家族は今日も困惑しきっている。僕が行ったときにはもうずいぶん鎮まっていたけれど、僕は彼女にひとつ提案を思いつく。海岸に生えているホヤを叩き切ってみればいい。そうすると感情はおさまるはずだ。そう言って、僕はホヤの断面を思い描く。ホヤは巨大なツリガネ虫のように細い茎を砂浜に根差し、人の頭よりもずっと大きな丸い頭部を持ち上げている。これは植物のようだが、ホヤだから動物だ。動物だから、切ると心に良いのだ。

(1996年3月31日)