rhizome: 樹形

必読書の樹

鮮やかな蜜柑色の皮膚をもつ子供を膝に乗せて、彼に絵本を読ませようとしている。彼は親戚たちの会話に退屈しきっていたので、部屋を埋め尽くす僕の本棚に目を見開いている。しかしそこにあるのは、インターネットにある表紙ばかりの本で、取り出しても中身がない。せめて彼の人生のために、ある本の表紙から次に読むべき数冊の表紙を次々と配置していき、ついにいま僕が読んでいる本にまで至る経路の樹形地図を作った。

(2013年3月16日)

飛ぶガラス管の部屋

臍から性器に向かう細い道がある。その道が枝分かれする腹部を撫でながら、僕と女は進化樹の撹乱について、腹の上の図をたよりに議論している。
昨日は三角フラスコのような白くて小さいブラウン管が飛んでいた。なぜ無生物が飛翔するのだろう。今日は、カプセル錠剤ほどの小さいものが、部屋の中を飛び回っている。昆虫をつかまえる要領で掌に捉えると、それは乳白色の細長い豆電球で、簡単に割れ散ってしまう。
女は短すぎるスカートから裸の尻をむき出しにして、温泉のある建物に向かって歩いていく。背後から見ている僕には、尻の間から覗く一筋の線と、際どい肌の余白に彫られたfig.という文字が見える。たまたま玄関に居合わせた男が勃起を隠そうとするので、彼女の前の線も見えていることがわかる。ちょっとスカートを下にずらしたほうがいい、と温泉に消えていく彼女の背中に向かって何度も声を投げかけるが、伝わらない。

(2008年11月20日)

葉脈状の樹

東武東上線の上板橋と常盤台の間に、教会がある。その教会の前に立って線路の方向を見ると、ポプラのように背の高い樹がある。その樹は葉脈の形をしていて、教会の方から見ると樹形だが、横から見ると薄くて樹には見えない。
その樹を見ようと、上板橋から常盤台に向かって歩くのだか、なぜか樹を発見する前に駅についてしまう。何度往復しても、樹が発見できない。ふと右の掌をみると、いままで黒子だと思っていたものが葉脈状に広がっている。ああここにあったのか、と納得する。

(1972年頃)