噴火をはじめた富士山を見に行くために、地学好きの田中秀幸は革の鞄を飛脚のように棒でかつぎ、中学校から真南に歩きだした。富士山は山頂がどんどん尖り、絵に描いた富士山のようになってきたのはなぜなのか、いっしょに探りに行こうと言うのだが、僕は頸動脈に貼った貼り薬の作用でめまいが止まらない。
平衡感覚を失うと、バスが進んでいるのかバックしているのか、バスに乗る前なのか後なのか、バスの中にケータイを忘れたのか忘れる前なのかがわからない。ともかく失くした自分のケータイに電話をかけてみると、harinezumiさんが出て、いまどちらにいるのかと尋ねると富士山の見えるファミレスだと言う。それはいま僕がいるところではないですか、と喜びながら、しかしこの綺麗な結末ではバスに関する解が得られない。