rhizome: 船

解釈船

ショッピングモールで「業務連絡、解釈船が到着しました」という館内放送が流れる。なにかの符牒か、客には意味がわからない。解釈船は座席の背と背の間にも人を詰め込み、田舎駅に着いたとたんにぱっかりと開く船の側面から人がどっと広い改札へなだれ込む。広い改札をトラックまで通ろうとする。いくら田舎でもそれは無理だと駅員が制する悶着を写真に撮ろうとカメラを向けると、トラックの運転手がVサインを送ってくる。改札のあまりの広さに画角が足りず、パノラマ撮影で流し撮りするがうまく写らない。緑生す駅の谷に降り、一面の植物群に向けてパノラマの試し撮りを始めると、この最新カメラは空間を縦横無尽に舐めるだけで風景を勝手に読み取り、重複した空間は襞を寄せて畳み込んでくれることがわかった。

(2016年2月29日)

地図ワークショップ

斜面に並ぶアトラクションをひとつひとつ攻略し、パルテノンの丘を登りつめると、そこにはMYSTで見た池が広がっている。ボートを漕ぎ出し、いくつかある桟橋のひとつを選ばなくてはならない。
桟橋Aに足をかけると、その拍子に船が離れてしまう。しかたなくたどりついた桟橋Bは、そのあと豪雨の森が待ち受けていている。Aがいちばん楽だったと原田さんが残念そうに言う。
ずぶ濡れのまま階段席いっぱいマッサージチェアが並ぶ会場で空席を見つける。厄介な機械式ロックを開けるのに手間取っているうちにカウントダウンが始まり、一斉にはじまるマッサージのチャンスを逃してしまう。
原田さんが、シール状の地図を使ったワークショップを始める。地形シールをはがすと地図記号が現われる。いや記号をめくると地形のほうがいいんじゃないのか、と反論すると、いつもの長い議論が始まる。

(2014年5月6日)

文京の水路

文京区に張り巡らされた水路を、草原真知子さんとボートで巡っている。お互いの家族の話などをしながら、いつのまにか水路の網目の深いところまで入り込んでしまった。これからボートを駅に返しにいけば、すでに始まっているクラス会に間に合わない。ボートを管理するロボットが、藍染の布を外皮として貼った顔をこちらに向けて、ボートはどこに乗り捨てても良いと言う。ただ、返却時には停泊するボートに真水を満たしてほしいとも言う。真水の水源を探すのは厄介だから、根雪を探してそれを抱きかかえて融かせばいいのよ、と真知子さんが言う。文京区の雪渓を探して水路をさまよううちに、川沿いのマンションの外壁を登る小学生たちに出会う。彼らは壁をいかに速く登りきるか競っていて、黄色や赤や緑の服をぱたぱたとはためかせながら次々とファインダーの上方にフレームアウトしていく。

(2013年6月2日)

「か」の星座

駅の北口広場を飲み込むほどの湖に、船の丸窓と思しき部品が浮遊している。汚れたガラスにひらがなの「か」の文字が書かれているが、僕はそれを日本語の「か」として読むことを禁止されている。日本語を知らない異国人が「か」を形として見るように「か」を見なくてはならない。丸窓は浮き沈みしながら瓦礫とともに漂い、「か」は人の体になり、「か」はまた動物の顔にもなるが、気を緩めるとふとひらがなの「か」に落ちてしまう。

(2013年5月23日)

火力船

不思議な動力で動く船を、図書館で手に入れた。甲板上に設置された生簀には海水がなみなみと蓄えられ、その水面に浮いた四角い木枠が、火のついた石油を囲い込んでいる。この火が、船を動かしているのだろう。
操舵に不慣れなうえ、ついぼうっと湖水を眺めてしまうので、船はあらぬ方角を目指してしまう。あわてて舵をとり、なんとか軌道修正するが、たくさんの釣り人の垂らす糸の中にあやうく突っ込みそうになる。大きく舵をきると、今度は砂浜に乗り上げてしまう。
横倒しになった船を見捨て、パルテノン多摩に続く傾斜を登っていく。重力の少ないこの地域では、軽いジャンプで数メートルの段差を登り降りできる。なんだ、船よりも格段に便利じゃないか。

(2004年5月13日)

船を積み重ねたレストラン

川の中州にある高層レストランは、船が堆積してできている。船は積み重ねるのに適した形をしていないために不安定で、階を上がるごとに傾斜が蓄積して揺れも大きくなる。河合奈保子さんといっしょに登りながら、ここまで登って来られたのは彼女がみんなにたくさん笑顔をふりまいてくれたからだ、と感謝の気持ちが沸いてくる。最上階の船までたどり着くと、はるか地上の川面がきらきら輝いている。平らであるはずの甲板は、揺らぐたびに曲面に見える。波打つ斜面を滑り台のように滑るのが楽しくて、せっかく登った高度をすっかり無駄にしてしまった。

(2004年4月2日)

漂流バス

久しぶりに会う蒼井さんとの待ち合わせに30分遅れてしまう。すでに来ているMがそれを咎めるが、どうしたってこの時間より早く着くことはできないので、咎められたことに憤慨する。蒼井さんが皮肉っぽく「20年前とまったく変わってない。変わったのは散髪したことぐらい」と言う。僕は、頭にきて帰ってしまうことにする。捨てぜりふに「散髪だけ残しておきたいところだ」と言うが、意味を理解してもらえない。

駅のホームで、Mが追いかけてこないかと人影を探しながら、しかし滑り込んできた電車に乗ってしまう。この電車は都心から離れる下り列車だが、大回りして都内に帰宅するルートを僕は知っている。ところが、あるところでこの車両だけ切り離され、路面を走るバスになった。分岐する車両があることは、なんとなく知っていた。しかし、この方向では家からどんどん遠くなるばかりだ。どこかで降りなくては。同じ間違いをした乗客が、あちこちでそのことを話している。遠くに見える見慣れない山のことや、この方向に知っている会社があることなど。

気がつくと、バスが川の濁流に浮いている。電車でもありバスでもありそして船でもあったことに、みな驚嘆している。しかし、バスは思うように進んでいないようだ。しかも、だんだん横倒しになってきた。不安になって運転手に「大丈夫なんだろうな」と言うと、太ったイタリア人の運転手は胸毛に覆われた上半身をあらわにして笑いながら、「あんた、どうにかしてよ」と言う。

(1997年9月30日)