rhizome: 高原

戦争博物館の血模様

木も人も家もなにもないイラン高原を歩いていると、突然眼下に崖が切り込み、おいしそうな食べ物の匂いが立ち上ってくる。崖の中腹に嵌め込まれた金魚鉢の内側で、久米姉妹が浴衣を着て日常生活を営んでいる。僕は彼女たちとともにガラスの内側にいて、外の男たちを軽蔑している。崖の底では小さいカラフルな象たちが、泥まみれになって遊んでいる。学ランを着た長身の男が池のほとりに倒れこみ、そのまま平面化する。
中国の戦争博物館では、血でぬられた壁がいくつも展示されてるという。しかし、匂いに気をつけたほうがいいと久米(姉)からアドバイスを受ける。展示室のひとつに入ると、水墨で描かれた葉に血で塗られた赤い花を敷き詰めた美しい模様が一面に描かれていて、息ができないほど血なまぐさい。

(2015年8月26日)

目白台高原喫茶

内田洋平と瀬川辰馬が、それぞれ縄梯子の一段を補修パーツとしてビニール袋に入れて所持している。僕はこれから栃木の祖母に会いに行く。彼らはこれから日経ウーマンのプロジェクトが忙しくなるので、なかなか会えなくなると言う。それではどこかで茶でも飲もうということになる。
新宿から山手線に乗り、目白の坂を登るところで電車はロープウェイに切り替わる。目白の垂直に切り立った岩場には、蔦の密生する廃屋がめり込んでいて、彼ら二人はどうやら廃屋内部を梯子で登り始めたようだ。廃屋最上階にある崖っぷちの喫茶店に入り、箱と番号が一致しない下足札を渡され、濃厚すぎるウィンナコーヒーを立ち飲みしながら彼らの到着を待っている。

(2013年8月20日)

池袋高原

泥まみれの絨毯のように重なりあった何頭かの牛が、地面に貼りついた頬を動かして何かを食んでいる。池袋に三か所しかない眺望の開けた高地のひとつにたどり着いたものの、この古い民家の中に入らないと遮られた絶景を見ることはできない。
屋敷の玄関に向かって進んでいくと、意図に反する何かが軌道をずらし、床下に紛れ込んでしまった。湿った縁の下に住んでいる老婆が僕と連れの女に呪文をかけたので、僕らはブランクーシの抱擁の形で一体となり、床下の地べたに投げ出されたままぐるぐる回りはじめた。どうあがいても、ふたつの不随意筋の絡み合いがほどけることはない。

老婆が不意に靴下を脱いで、農作業で変形した足と、そこに貼った木片を見せた。大工の墨書きがそのまま残る粗末な板が痛々しく、同情をこめて痛くないのか尋ねると、木は木に貼ってあるだけなので痛くないと言う。
僕らはそろそろ退散しようと、散乱した自分の持ち物を、木のリコーダーは木のリコーダー同士、同類のものをまとめはじめると、ころころと落ちた何か小さい持ち物を女の子が持ち去ってしまう。机の下を覗きこむと、小さな動物になった女の子が、赤地に白い水玉模様の菓子をラッコのように胸の上に乗せ、舐めている。

(2012年8月7日)