三階に通じる階段は壊れた家具や古いレジ機械などのがらくたが天井まで累積している。立体パズルを解くようにして隙間を巧みに作り、くぐり抜けられるのは僕しかいないので、がらくたは濾紙の役目をして三階に僕だけを濾しとってくれる。ところが、暗い板敷きの部屋にはすでに子供が何人か入り込んでいる。ここのガラス窓は我を忘れて遊ぶ子供を濾過する性質があるから、ときおり路上の子供たちが滞在しては消える。
一方、曇りガラス越しに見える濾し残されたカスのような大人たちは、得体の知れないこの建物が嫌いだ。彼らはおどけたバックコーラスの男女のように声を合わせ、化け物屋敷と囃したてる。こちらも歪んだガラス越しの曖昧な輪郭の視覚効果を使って、いかにも化け物らしく彼らを威嚇する。
selection: すべての夢
象の木
今日は部屋にこもって先生の遺品を整理するつもりだ、と彼女に伝える。彼女はメッシュのバッグにケータイを入れて、外出の準備はすっかり整っているのに、なかなか出かけようとしない。僕は薄紙に書かれた手紙をスキャンするために、スキャンスナップを探している。古いタイプライターなど、紙を吸い込む機械はいくつもあるのに、スキャナだけみつからない。何日かけてもこの部屋が整理しきれるとは思えないのだ、と女に言う。もしかすると、これは自分の遺品なのかもしれない、とも。
薄い化繊は重ねて着ると肌触りがいい、と女が言うので、僕は確認のために両方の掌を彼女の表面にこすり合わせ、いつのまにか女の体つきや匂いをまさぐりはじめたところに、この部屋を買いたいという一行がやってきて、ひどくがっかりする。
街はずれにある矩形の空き地まで、日暮れ方向に延びる道へ自転車で漕ぎ出し、例の不動産見学ご一行を追い越し、彼らより先に広場にたどり着くことができた。広大なその区画だけ白い光に満ちていて、野球少年たちがスローモーション撮影のようにボールを投げあっている。
巨木の切り株の形をした動物が何頭も、あちこち揺れながら佇んでいる。空き地に柵がないのは、彼らがおとなしい動物だからだろう。そのうちのひとつが、切り株上部の茂みの奥から象の小さな目をこちらに向けると、四つ足らしき下部の枝分かれを轟かせながら駆け寄ってくる。野球少年たちは動じず投球を続けている。僕は動物の駆け足の遅さと、そこからわかる動物の大きさにたじろいでしまう。
パズル的な神事
白い人が集まり、宮司が神事を執り行っている。長方形の入れ物の長辺よりもさらに長い木の棒を、皆の手によってうまく収納しなくてはならない。このパズルを解くことが、神へ通じる巧みなのである。だからここでは、タンスをエレベーターに斜めに入れて運ぶ引っ越し業者がいちばん神に近い。
祭りが昂揚し棒が高く揚げられたところで、宮司が僕を手招きする。自分は引っ越し屋ではないからとためらいながら近づき、皆とともに棒を担ぎ上げると、足もとの地面はベルトサンダーの回る布やすりで、黒い革靴の底をどんどん削り取っている。数年ぶんの摩耗を使い果たし、帰路ふと靴を見下ろすと、削られたのは靴底ではなく靴の上面で、ところどころ薄くなってしまった革から素足が透けて見える。
娘喪失
科学館の受付で入場券を買い、再入場に関する複雑な規則について聞かされているうちに、連れてきた自分の娘らしき少女を見失ってしまった。ケータイから「なな」という名前を選択して電話をかけると、いつの間にか手渡された彼女のバッグの中で着信音が聞こえる。これで合流する術はすべて断たれた。乱雑なバッグの中には、ノートやケータイに紛れて煙草の箱なども見える。見失った娘への思いが募りつつ、自分に娘がいたという確信さえ見失いかける。草原真知子さんに娘の行方を尋ねるが、海に消えた父親を目で追い続ける娘を描いたアニメーション作品について解説している最中で、その冷静な語り口とはうらはらに、彼女の目から一筋涙が流れ落ちる。
五線譜の川
河口付近の三角州地帯に住んでいると、ラッパ形の噴出機が絶えず砂を撒いているので、自分の敷地と他人の敷地の境界線はいつも砂に覆われしまう。いつのまにか部屋に紛れ込んできたルームサービスが、冷蔵庫をあけて「ビールはいかがですか」などと言うが、それは僕の私物だ。靴底でベランダの砂を払うと黄色い地面があらわになり、そこには小節の区切り線があらかじめ引かれた五線譜がある。
同期しないポリフォニー
Kが来客と話しているのを半ば目覚めた耳で聞いている。誰かが優しい声で「~さん~さん」と寝床の僕に声をかけるが、名前の部分が僕ではない。息子が妙な音楽を聞いている。声部ごとに異なる粘り気を引きずっているので、それが「音楽の捧げもの」だとわかるまでに時間がかかった。それはなにかと尋ねると、3歳に戻った息子は押入れの中に分け入り、ここにあったテープだと言う。昔の押入れから戻ってきた息子は、さらに0歳児まで逆戻りしていて、布にくるまれた顔に顔を近づけると涙が込み上げてくる。
演じられた母親
猥雑な古本屋に布団を敷いて、赤い下着で女と寝ているところを母親に起こされた。気まずい空気のまま和装の母はどんどん老舗の料理屋にわれわれを導き、乱雑な卓のひとつに座らせると、そのまま自分は姿を消してしまった。客が入るたびに卓は隅に追いやられ、料理も来ないままほとんど座る空間もなくなってしまうので、これはどこがおかしいと席をたつ。料亭からの帰路、割烹着のまま歩き煙草を始める母を見て、この母を演じている女は女優としてどこか間違っていると思う。
ロケットランチ
東洋大学の学食はシステムが複雑すぎる。トレイに料理を載せ、お金を払うまでに何度も躓いてしまう。馴れている稲垣さんはとっくに食事を済ませ、休憩所で昼寝をしている。頭上を日立製作所の試験線路が走るベンチに陣取り、食事を始めると、ロケットエンジンで走る試作車両が豪速で走り抜け、そのたびに液体燃料タンクに付着した氷が解けて昼食トレイの上に冷たい水滴を落としていく。
ビル遊び
中華ビルのオーナーはビルの解体それ自体が趣味なので、ビルを一気に壊すようなもったいないことはしない。赤い外装を残し、中身を抜いたスケルトンの持ちビルを、町のあちこちにぶつけながら転がして弄んでいる。電柱などに当たるたびに金属片が飛び散り、目の前にがさっと落ちる。
擬似記憶
河川敷に沿って建つ建物を、ひとつひとつ覗き込みながら上流に向かって歩いている。どれもみな僕の記憶からここに移築された建物なので、忘れているのに見慣れたものばかりだ。廊下に積まれた古書は自分の蔵書の記憶だが、aoikikuさんの撮った写真の記憶だったかもしれない。
ガラス越しに見えるこのフロアでは、かつて展覧会をした。空白の床と壁に展示した絵のイメージを配置するが、こう並べてもああ並べてもどちらも正しく思えるのは、これが回想のふりをしている擬似的な記憶だからだ。
孤独なオフライン
ホテルマンの森田が彼自身の自腹三千円を足してまで用意した宴会場にたどり着くと、テーブルに嵌め込まれた生簀になみなみと張られた油の中で、マグロほどもある大きな鰯が素揚げされている。
せっかく特別な席が用意されているというのに、仙台のグループは運ばれてくる上等な料理を放置したまま二階の箱席で密談をはじめてしまった。ネットで知り合った仲間たちは、リアル空間での協調性がまったくない。テーブルをはさんで座った女の首から乳房にかけて広がる静脈の河川地図に見とれていると、あなたの下の句は発情したオスのように原発を肯定している、と糾弾される。小便を漏らしたので自宅で着替えてきたという別の女は、間仕切りに残した粗相の痕跡を隠そうとするが、逆に誇示しているように見えるのは、それがマーキング行為だからか。仲間たちはかくのごとくばらばらで、集団としての統一を欠き、そのうえ一般客も混じっているこのフロアで挨拶をはじめると、どう笑いを取ろうとしたところで狂人の演説にしか見えない。僕はなげやりになり、精緻なステンレスメッシュで包まれたガラス玉をバネで弾いてバスケットに入れるゲームに興じ、短時間でかなり腕をあげた。
鉄錆タワー
東京の環状電車外回り線は、都心から葛飾区へ至る区間に十数本の東京タワーをくぐり抜ける。塗装のない剥き出しの鉄骨は暗闇のように深く錆びつき、乗客は車窓から手を伸ばして鉄錆を擦り取ろうとするので、タワーが近づくたびに無数の指の骨がかたかたと音をたてて鉄骨に当たる。
勇気を試そうというのか、ご利益があるのか、どうしてこんなに危険な習慣が根付いたのか由来がわからないまま、次のタワーが近づいてくると、自分の掌も自ずと錆を欲して奮い立っている。
クマカップル
幾重にもニスで塗り固められた古い校舎に、NHKの仕事で来ている。同じ仕事をしている和登さんとともに、クマの着ぐるみを纏って廊下を歩く。女グマの和登さんは、廊下の波型の壁にかたかたと爪を立てて機嫌が良い。「汗をかくのでお風呂に入りたいね」と女グマが言うので、「クマ同士二匹で入ろう」と誘いかける。ヒトとして誘ったつもりなのだが、クマとして着ぐるみのまま風呂に入ることになる。
透明なビニール風船でできた仮設ハウスの中で、子供たちは女グマともつれるように遊んでいる。空気穴からビニールの中に入ってみると、外見は同じクマなのに子供が寄ってこない。女グマはなぜかおねえさんと呼ばれ人気がある。首の継ぎ目や袖口など、着ぐるみのどこから内部情報が洩れるのかチェックするが、理由がわからない。
飴色の水
「飴色の水」という歌がBGMで流れる場所で、飴色のニスで塗られたキューブ型の椅子をルールに則り組み合わせ、空中高くヒトの巣を積み上げるゲームで、僕は水越伸さんと佐倉統さんを抑え堂々の一位に輝く。
ソラリスノート
ノートに列挙された名前の最後に、渡邊真理子と書かれてある。名を書かれた人の記憶によって部屋の内部構造が勝手に変わるソラリスノートなので、自分の家にもかかわらずどんどん変更されつづけ、馴染みきることができない。客人たちは持ち込んだプロジェクタで動画を投影しようとしているが、部屋の灯りを消すスイッチがどこにあるかすらわからない。ようやく見つけたスイッチは、工場の主電源のように大げさで、いままで一度も触れた記憶がない。住み込みのお手伝いさん(そんな人がいたのか)の部屋からまだ少しだけ灯りが漏れているが、就労時間後の私生活に干渉するわけにもいかず、我慢することにする。奥にいるKが「客はサピエンスネットの人たちか」と聞くので、「早稲田のゼミ生だ」と答える。家族たちは蝋引きの紙で作られた生簀に活きの良い魚を投げ込んでいる。魚はとたんに自然発火し、ローストされた魚の良い香りを放ちはじめる。