rhizome: 生簀

孤独なオフライン

ホテルマンの森田が彼自身の自腹三千円を足してまで用意した宴会場にたどり着くと、テーブルに嵌め込まれた生簀になみなみと張られた油の中で、マグロほどもある大きな鰯が素揚げされている。
せっかく特別な席が用意されているというのに、仙台のグループは運ばれてくる上等な料理を放置したまま二階の箱席で密談をはじめてしまった。ネットで知り合った仲間たちは、リアル空間での協調性がまったくない。テーブルをはさんで座った女の首から乳房にかけて広がる静脈の河川地図に見とれていると、あなたの下の句は発情したオスのように原発を肯定している、と糾弾される。小便を漏らしたので自宅で着替えてきたという別の女は、間仕切りに残した粗相の痕跡を隠そうとするが、逆に誇示しているように見えるのは、それがマーキング行為だからか。仲間たちはかくのごとくばらばらで、集団としての統一を欠き、そのうえ一般客も混じっているこのフロアで挨拶をはじめると、どう笑いを取ろうとしたところで狂人の演説にしか見えない。僕はなげやりになり、精緻なステンレスメッシュで包まれたガラス玉をバネで弾いてバスケットに入れるゲームに興じ、短時間でかなり腕をあげた。

(2012年11月14日)

ソラリスノート

ノートに列挙された名前の最後に、渡邊真理子と書かれてある。名を書かれた人の記憶によって部屋の内部構造が勝手に変わるソラリスノートなので、自分の家にもかかわらずどんどん変更されつづけ、馴染みきることができない。客人たちは持ち込んだプロジェクタで動画を投影しようとしているが、部屋の灯りを消すスイッチがどこにあるかすらわからない。ようやく見つけたスイッチは、工場の主電源のように大げさで、いままで一度も触れた記憶がない。住み込みのお手伝いさん(そんな人がいたのか)の部屋からまだ少しだけ灯りが漏れているが、就労時間後の私生活に干渉するわけにもいかず、我慢することにする。奥にいるKが「客はサピエンスネットの人たちか」と聞くので、「早稲田のゼミ生だ」と答える。家族たちは蝋引きの紙で作られた生簀に活きの良い魚を投げ込んでいる。魚はとたんに自然発火し、ローストされた魚の良い香りを放ちはじめる。

(2012年10月20日)

火力船

不思議な動力で動く船を、図書館で手に入れた。甲板上に設置された生簀には海水がなみなみと蓄えられ、その水面に浮いた四角い木枠が、火のついた石油を囲い込んでいる。この火が、船を動かしているのだろう。
操舵に不慣れなうえ、ついぼうっと湖水を眺めてしまうので、船はあらぬ方角を目指してしまう。あわてて舵をとり、なんとか軌道修正するが、たくさんの釣り人の垂らす糸の中にあやうく突っ込みそうになる。大きく舵をきると、今度は砂浜に乗り上げてしまう。
横倒しになった船を見捨て、パルテノン多摩に続く傾斜を登っていく。重力の少ないこの地域では、軽いジャンプで数メートルの段差を登り降りできる。なんだ、船よりも格段に便利じゃないか。

(2004年5月13日)