rhizome: 電車

実物サンプル付きメニュー

夏っちゃんが語る恋人の話を聞きながら歩いていると、いつのまにかビロード織の内装が施された特別な車両に迷い込んでしまう。NTTに平衡感覚を乗っ取られて歩行が誘導されているためだ。コントロールのリンクを外して脱出すると、今度は工作機械に囲まれてどこにも通じない通路に嵌ってしまう。自分の意思でこの結果なら、他人まかせにしたほうがまだましだ。スチールワイア工具一式が入ったコンテナを避け、通路を開けて食堂に入り、おばさんに今日のおすすめはなにかたずねるとメニューを渡される。メニューのそれぞれの項目に、サンプルがセロテープで貼りつけられている。サンプルの影で料理の名前は見えないが、アルファルファのひとつまみにすりおろした林檎を和えたこの一品は、絶対に旨いはずだ。

(2017年4月23日)

艶やかな両替

優先席に座っている老いた女が、両替をしてくれといって五千円札二枚差し出すので、僕は一万円札を渡そうとする。よく見ると五千円札は見たことのない外国の紙幣で、僕の一万円も表面が黒く焦げていて、これではどちらが悪者かわからないので等価交換にならない、立会人のもとで交換したほうが公平だと言って、駅舎を目指すが、認知症の女は脳細胞とともに年齢を欠落させているせいか、声も話題も20代の女で、艶やかにまとわりついてくる。

(2016年11月15日)

鉄錆タワー

東京の環状電車外回り線は、都心から葛飾区へ至る区間に十数本の東京タワーをくぐり抜ける。塗装のない剥き出しの鉄骨は暗闇のように深く錆びつき、乗客は車窓から手を伸ばして鉄錆を擦り取ろうとするので、タワーが近づくたびに無数の指の骨がかたかたと音をたてて鉄骨に当たる。
勇気を試そうというのか、ご利益があるのか、どうしてこんなに危険な習慣が根付いたのか由来がわからないまま、次のタワーが近づいてくると、自分の掌も自ずと錆を欲して奮い立っている。

(2012年11月7日)

有機物ネットワーク

東京の地下鉄網が東の果てで途絶える駅を出ると、景色があちこち錆びている。使っていない工場の壁に、操車場の電車の窓にあたった西陽が、ゆがんだ四角い反射を落としている。この奇妙な一瞬を写真に撮ろうとRにカメラを借りるが、電池あるいはメモリに問題があるため画像が保存できません、と表示される。
空に突き出す何本もの塔の中、町はずれにあるひときわ巨大な煙突を目指して歩いていく。しかし、どんな光景に出合っても写真が撮れない。せっかくだからカメラを持って次に来るときのために歩ききらないでおこうよ、と言うのを聞いていないのか彼女はどんどん地下通路に潜り、突き出した土管から顔を出すと、広大な更地をブルドーザーが這っている。
巨大な煙突は、地域の有機物を人間の死体も含めてすべて空中に返し、世界中の空気から有機物を回収するネットワークで、そのための工事をしているのだと言う。鉄パイプ製の車に乗ると、地域の王子らしき裸の子供が、煙突の熱は使い放題だけれど絞れない=制御できない、と言う。しかし余った熱は、車のフレームであるパイプにつなぐと車全体に行き渡るのだ、と言う。

(2012年7月26日)

北朝鮮の列車

列車に乗って北朝鮮を旅しているのだが、中国語で話しかけてくる男や、日本語は通じないと油断して会話している日本人などばかりで、ようやく見つけた地元の女の子にカメラを向けると、アナログのダイアルのついたカメラを、彼女もまた僕のペンタックスに向け、写真機で写真機を撮り合うことになる。北朝鮮の列車は、末端まで歩くと列車の床とホームがシームレスにつながっていて、しかもホームと駅の外も継ぎ目がない。意識せずに歩いていると危うく列車から離れ、道に出てしまう。再入場を咎める駅員に切符を見せて説明するが、言葉が通じない。

(2012年7月4日)

播種装置

いつもきみたちのところで飲んでいるのは申し訳ないからと、杉山先生が鶴川にある自分のマンションに招待してくれると言う。僕はそれを、相模なんとかという駅で聞き、さてどうしようか迷っていると、着替えなどは以前ロッカーに置いたままだから、とRがキオスクの従業員用の扉を開ける。そこには見覚えのある靴やシャツやバッグがかかっている。そういえばここ何年か見なかったのは、ここに置いてあったからか。
相模なんとかという駅は終着駅で、やけに巨大な先頭車両が、線路終端のコの字ホームに入り込んできたところだ。黒人の運転手が声をかけてきて、この機械のわかりやすさを実証するために、いくつかインタビューしたいと申し出る。僕は彼の説明を聞きながら実際に鉄の塊を操作してみるが、回転数の設定はレコードプレーヤーとほぼ同じ目盛に、特殊な速度を上書きしただけなのがバレバレだ。この鉄の塊は、実は種まき装置なのだ、と黒人がこっそり告白する。

(2007年7月2日)

布団列車

電車に乗って、都心に帰ろうとしている。台車だけの電車は、すし詰めの旅館のようで、進行方向を向いた布団、垂直に並んだ布団、斜めに雑然とした布団などが敷き詰められている。囲いもないのに、誰も落ちない。きっとこうして目的地に到着するまで寝付けないのだろう、と思いながら、掛け布団にもぐりこんでいる。

(2001年11月30日)

ペニス包み

電車の先頭車両に、木製の机が置いてある。勃起したまま取り外された自分のペニスをコットン製のキッチンペーパーに包み、机の引出に入れる。乾ききらないようにペーパーを湿らせたものの、まだ生暖かい自分自身を身から離すのが心もとなく、切り離された勃起の持続について考えている。

(2001年11月4日)

故宮ゲーム

小高い丘の上に、北京の故宮を思わせる広大な建造物がある。なだらかなスロープを登る動く歩道の両サイドは、凸凸凸凸形の石ブロックでできている。凸凸の間の窪みにすっぽりとかがみ込むと、まるで昔乗ったお猿の電車のように、ゆっくりと宮殿に向かって進んでいくのが楽しい。
と、突然「そこに座ることが何を意味するのか、おまえはわかっているのか?」と言う声。「そこに座って編隊を組むことは、対岸の編隊に対する戦線布告を意味する。おまえがそこに座ったおかげで、仲間を集めなくてはならないじゃないか」
いかにも迷惑げな口調で非難されるが、彼の顔は嬉々として昂揚している。編隊は芋虫の形をしており、僕は最後尾、芋虫の鍬型の尻に移動するように指示される。そうしている間にも、対岸の凸凸凸には関西勢が刻々と集まってきて気勢を上げる。
窓から垣間見る宮殿の内部には、緑色のサターンや魑魅魍魎、さまざまなクリーチャーが蠢いている。これからわれわれは内部に入り、戦いが始まるのだ。しかし、僕はこのゲームのルールすら知らない。
暗い宮殿に入ったとたん、僕は芋虫本体から離脱してしまう。ジャンヌダルクとして胸も露に登場したRに「ったくよぉ、何も知らないでここまで来るか?」と非難される。「私に任せておけ」と言う言葉に安堵するもつかの間、邪悪なオレンジ色の蝶に後ろから抱きかかえられ、捕獲されてしまう。これで、僕はゲームオーバー。
宮殿の外には、故宮の荘厳さとは似つかわしくない寒々とした空地があり、一台のブルドーザーが放置されている。そこに<安斎>と自分の姓が書かれている。従兄の安斎某が、中国にまで事業を展開しているのだ。彼は気さくだがけっこうずる賢いから、気をつけなくてはならない。

(1996年12月15日)