rhizome: 切符

娘喪失

科学館の受付で入場券を買い、再入場に関する複雑な規則について聞かされているうちに、連れてきた自分の娘らしき少女を見失ってしまった。ケータイから「なな」という名前を選択して電話をかけると、いつの間にか手渡された彼女のバッグの中で着信音が聞こえる。これで合流する術はすべて断たれた。乱雑なバッグの中には、ノートやケータイに紛れて煙草の箱なども見える。見失った娘への思いが募りつつ、自分に娘がいたという確信さえ見失いかける。草原真知子さんに娘の行方を尋ねるが、海に消えた父親を目で追い続ける娘を描いたアニメーション作品について解説している最中で、その冷静な語り口とはうらはらに、彼女の目から一筋涙が流れ落ちる。

(2013年1月24日)

北朝鮮の列車

列車に乗って北朝鮮を旅しているのだが、中国語で話しかけてくる男や、日本語は通じないと油断して会話している日本人などばかりで、ようやく見つけた地元の女の子にカメラを向けると、アナログのダイアルのついたカメラを、彼女もまた僕のペンタックスに向け、写真機で写真機を撮り合うことになる。北朝鮮の列車は、末端まで歩くと列車の床とホームがシームレスにつながっていて、しかもホームと駅の外も継ぎ目がない。意識せずに歩いていると危うく列車から離れ、道に出てしまう。再入場を咎める駅員に切符を見せて説明するが、言葉が通じない。

(2012年7月4日)

苦しい下山

ほとんど崖っぷちを歩いているように見える桜日さんに、お願いだからもうちょっと真中を歩いてほしい、と無線連絡する。小高い丘の頂上か、高い建物の最上階か、僕は鳥瞰する位置からファインダー越しの桜日さんを見ている。心配になって、自分も彼女の位置までやってくると、そこは意外に安全なスロープのヌーディストビーチで、しかも照明もなく薄暗い屋内プールだ。僕は、この人と山を降りようとしている。
彼女は昨夜、空からたくさんの火球が降る中、家族連れの富士通の社員とこの山にやってきた。山を発つ前に一言挨拶がしたいと言うので、彼らの宿を訪ねると、案の定白髪交じりのその男は以前どこかで会ってどこかで飲んだことのある男だった。僕は、天候が不安定な山をどんどん彼女と降りてしまう。彼女は、LIFEの英語版と日本語版を持ってきて昨夜は一人で読み比べて過ごした、と言う。すると僕は、桜日さんへの甘い恋心が湧き上がると同時に、僕には連れがいて数時間後に山の上で大事な講演の予定があったことを思い出す。引き裂かれながら、言い出しかねて、山に戻るか降りるかの決心がつかないでいると、にわかに黒い雲が立ち込めてきて、これはやはり山に帰るしかない、桜日さんを落胆させるしかないのだろうと諦め、大事に取っておいた百五十二円玉をよけて小銭を出し、ケーブルカーの切符売りのおばさんから切符を手に入れた。

(2002年2月21日)

脱線ジェットコースター

都営の電車は運賃80円。しかし、回数券には70円と90円しかない。70円を切り取って10円足して切符を買う。切り離した90円はもう無効です、と言われる。釈然としない。
小高い丘を降りかけたところにある駅から、電車は出発した。芝生に囲まれた美術館を横切り、東京を一望しながら走る。この路線に乗るのは初めてだが、こんな気持ちのよい景色ならちょくちょく乗ってもいい。
ジェットコースターの構造をした車両の後ろボックスに、男の子が数人乗っている。そらまめ形の頭の大きい男の子がボックスから落ちそうなので、彼を自分の前に座らせ、落ちないように両太ももで支えてやる。
そうこうしているうちに、自分のボックスだけ脱線して、普通の道を走っている。なにしろ動力がないから、坂を降りる弾みを利用して坂を登るしかない。これで目的地まで行き着けるだろうか。
そらまめ頭の彼は、近所の養護施設の子供で、名札を首からかけている。途中の病院に寄って、名札にある施設に電話をかけておいた。
なんとか自力で後楽園のレールまでたどりつくことができた。駅員に「この電車は途中で脱線した」と抗議する。そらまめの彼は、もう一人いた友人のことを気にしている。彼が知り合いの男の子に尋ねると、「あいつ、弱っていたから死んじゃった」と言う。

(1996年7月14日その2)