8階の部屋でインタビューを受けている。カメラは向かいの建物に三脚を立て、望遠でこの部屋を狙っている。僕は、窓際に立つインタビュアーのイタオに「人間は視覚的に未来を見るが、猫は未来を見るために手を動かす」と話している。
8階に猫はいない。真上の9階には猫がいる。それを一発で撮るためにカメラを外に設置したのだ、とイタオが言う。
僕は8階にあるロボットの下半身を、どうにかしないといけない。9階に上半身があることを、僕はカメラの映像を見て初めて知った。下半身が動き出す前になんとか始末をつけないと、このロボットは自分の手を探し出してしまう。
selection: すべての夢
裏山の円卓
会田くんは自分のビルの階段を駆け上がり、階段と地続きになった裏山の坂を登り始めた。人がぎりぎり登攀できる急峻な坂で、狭いトンネルをくぐりながら会田くんはズボンを脱いでしまう。Rは「パンツも脱いじゃえ」と囃したてる。この会田は、何人かの知っている会田が混ざっている。坂を登りつめると、視界に広がるグラウンドに向かって歓喜の雄叫びをあげ、われわれ3人はぬかるみの中に放置された円卓を囲み、会田くんの友人たちと狭苦しい現代美術の話などをした。
アリ塚工場
ベランダから遠くのビルを眺めていると、空から小型機がゆっくり降りてくる。警報音を鳴らしているので、墜落するのだ。カメラを取りに部屋に戻ると「飛行機が墜落するときは自分のところに落ちてこないと思いがちですが注意が必要です」という女声のアナウンスが警報音に混じって聞こえる。悠長な飛行機だと感心する。
信じられないほど遅いスローモーションで落ちてくるのは、事故の一瞬が長く感じられる脳の内部時間の効果だ。止まったような飛行機にカメラを向けてシャッターを押すが、ダイアル設定がおかしくてシャッターが切れない。そうこうしているうちに、飛行機は向いの棟をぎりぎりかすめ、あとから自動車まで降ってくる。ようやくシャッターが切れたのは、落下物が工場の敷地のあたりで消滅したあとだった。
階下の工場に降りてみると、金属板を叩いて作ったソラマメ形の頭がころがっている。ソラマメを夢中で撮りはじめると、工員は迷惑そうだが咎めもせず自分の仕事に没頭している。工員のシルエットの隙間から狙った遠景にフォーカスが合うと、ファインダーの中に金属ソラマメとパイプで構成された巨大なアリの巣が現われる。
料亭の地下工場
料亭の座敷で、友人は店の人の目を盗んでは壁を駆け上がり、天井を走りきる途中で落ちる遊びを繰り返している。落ちるたびに、友人は笑いながら眠ってしまう。
料亭の地下は工場のような広間で、コの字に並んだ卓の上に浴衣の少女たちが並び、なにか食材を踏んでいる。うちの料理の風味はここで作られているのだと女将が言う。この広間で食事ができるのは特別な客なのだそうだ。便所にいくと、目鼻のない石の頭の老人たちが待ち構えている。ここでは手を使わずに、彼らに任せて小便をするしきたりになっている。自分が特別な客でないことがばれないように、馴染みを装って長い小便をするが、石頭がペニスを持ち変えるたびに声が裏返ってしまう。
細い縦杭を伝って外に出ると、怪しいプラスチック職人たちが作業をしている。僕は保安官に彼らのことを告発する。保安官は白いパイプ状のプラスチックをチェックして、問題ないと言う。さらに透明な粘液を床に撒いて火をつけるが、この燃え方も正常だと言う。いやこれは二液混合なのだ、混ぜないと真相はわからないのだ。しかし、頭の悪い保安官はその意味を理解できない。
歯呼吸
デパートの最上階にある高級テナントにしては、この中華料理屋は怪しすぎる。中村理恵子はオーナーらしき男におすすめの料理を尋ねながら、彼の歯を覗きこむと、歯茎までめくりあげたオーナーの前歯に鼻腔のような穴が二つあいていて、ここから息ができるのだと言う。中村が「あんたは埋めても死なないね」と言う。
老婆のいる廊下
部屋ほどの広さのある暗い廊下に、割烹着を着たおたふく顔の老婆があらわれる。薄く開いた戸から光が差し、顔だけ露出オーバーで白く抜けている。僕はぞっとして、老婆から逃れるために「あきらさんはいますか」とでたらめの名前を言った。人違いを装ったはずなのに、白い老婆は「あきら、あきら」と奥の部屋の実在のあきらを呼びはじめる。
ここまでが「あまちゃんの実家は忍者だった」にはじまる縦書き一段組の最後で、縦書き四段組みの後半は、ここから四つの物語に分岐する。
アリ塚分娩
アリ塚のような団地は、外は晴れていても中は雨が降り続いている。無計画に増築してしまったので、塞ぎようのない亀裂から入りこんだ水が建物のあちこちに溜まっている。液状化した泥のベッドに浸かっている女が、こうしていると自然分娩できると言って、泥水の中でスカートのようにひらいた膣を水母のようにふわふわさせると、ふわふわごとに赤ん坊の卵が下におりてくる。
穂高の見える道
実家の界隈には、道に白い盛り土をする習慣があった。久しぶりに帰ってみると、道がどこもかしこも屋根より高くなっている。こんなになるまで長いこと帰ってなかったのか。高い白土を歩きながらふと遠方に目をやると、紫色に山肌のえぐれた穂高が見える。
小鳥と暮らす
小鳥と話ができるようになった。鳥の記憶モデルを知ったためだ。小鳥は、冷たいくちばしを僕の下唇に押し付けながら、興味深げに顔を傾げ、歯が段々になっていると言う。きみもいつかこういう歯が生える、と小鳥に言うと、それは気休めだと言う。家に帰ると、鳥は一目散に水槽へ向かい水浴びをするが、勢い余って水槽の外にはみ出してしまう仕草が愛おしい。その光景を見ている家族が、お前は鳥と仲良くしているときは気づかないだろうが、人と話をするときは顔についた白い軟膏のようなものを洗いなさい、と言う。近所の葬式に行くため礼服に着替えていると、どんなに立派なことを言っても、立派な喪章をつけていかないと意味がない、と言われる。
獣的な密通
「書生をしている下宿先の奥さん」という役回りの女と、顔もろくに見ぬまま不義密通の乳繰り合いが始まる。女の肌色の乳首に顔を近づけると、周囲にみっちりと黒い毛が生えている。乳首を口に含むと、剛毛が頬にちくちくと刺さる。
孤独な三塁
最新式のグローブを手渡され、サードを守ることになるのだが、三塁ベースは山の頂上にある。グローブの中に仕組まれた機械の仕組みがわからず、どうしても小指の穴が足りない。ボールを高く投げてフライを取る練習を始めると、取りこぼすたびにボールは斜面から落ち、登ってくる人がボールを運んできてくれる。
極彩色の泥屋根
街道と旧街道に挟まれたベルト地帯に、泥濘んだ土地が広がっている。街道に面したガレージに入り、裏口を抜けて泥濘の土地に足を踏み入れる。ベルトの中ほどまで歩いたところで、全身に泥を塗った裸部族に出会う。裸族の少年たちはもつれあい、一人の少年の顔をめり込むまで殴っている。僕は、彼らの風習に口出ししないと心に決めている。それは文化人類学の掟だから。
旧街道までたどり着くと、泥と油絵具の二色ソフトクリーム状の尖塔が見える。この城をスケッチした覚えがある。ノートを捲り当てると、尖塔に「非常識な配色」と注記があり、ページの隅には「4日5日引っ越し予定」という走り書きもある。業者との約束が二日後に迫っていることに気づく。
軽気球実験
一人乗り気球を使って、子供たちを遠足に連れて行く準備をしている。頭上にある直径1mほどの気球は、ぎりぎり地面から足が離れない浮力に調整されていて、軽く地面を蹴るだけで数メートルジャンプできる。海辺の宿から山の麓を経て山岳地帯まで、軽々と登ることができる。高い崖から飛び降りても、ふわりと着地する。
実験段階のこの乗り物を、いきなり子供たちに試すことになる。彼らは、気球を調整する手綱を手に結ぶことができるだろうか。綱を太ももにかける輪は、ステンレスワイヤをかしめて作ったほうが安全ではないか。崖に到着する前に日が暮れないように、時間を前倒しにしたほうがよくないか。
などなど、いくつも課題を書きだしている僕を見かねて、見学にきた母と妹は計画を練り直したほうがいいと言う。では車で宿まで送ってくれと妹に頼むと、その「軽気球」で帰ればいいじゃないかと言う。なるほどと思い、ふわふわ街の中を移動しはじめると、この乗り物にブレーキがないことに気づく。
モデルは作品ではない
公募展の腐った体質に反逆する現代美術家が、作者も作品もないという主張をこめて、モデルさんの顔にコンセプトを書きはじめる。目の下に塗った白粉に「視線をエンハンス」と文字を書き込んでいる。これは作品かと訊くと、作品ではなくモデルだ、と頑なに否定する。
手綱つきバス
上板橋と常盤台の間に、廃棄物処分場予定地がある。長い間空き地になったままのこの場所をバスが走っている。男が地面にコンクリートを流し込んでいる。彼は計画のはじめからかかわっている都の職員で、何度かここで顔を見たことがある。
ぬかるんだ細長い空き地をゆっくり走りながら、バスは自分自身を小型化していく。ついにデスクトップPCの大きさにまでなると、僕はキャスター付きデスクトップパソコンに犬の手綱をつけ、PCケース上面にまたがる。これでは一人しか乗れないので、同乗していた連れはいつのまにか歩いている。そっちのほうがバスよりずっと速い。
蛇行しながらようやく到着した常盤台のガレージで、待ち構えていた都の職員にバスを引き渡すと、彼らはバス内部に詰まった空中配線に空気を吹き付け、たまった埃を掃き出した。
常盤台の商店街で、芋菓子屋の暖簾をくぐると、ばったり泉に出くわした。ここで偶然出会うのはこれで二度目だ。