rhizome: ブレーキ

等比成長

実家のお向かいのノブちゃんを誘って選挙に行く。ノブちゃんと会うのは子供のころ以来だが、そのころ中学生だったノブちゃんは、僕との身長比率のまま大きくなっているので、2mを超す巨人が相変わらずにこにこ見下ろしている。自転車の荷台に彼を乗せて中学校までの坂道をいっきに降りるが、重くてブレーキが効かない。選挙会場になっている大学にある中村さんの研究室で、ノブちゃんの仕事の話を聞く。

(2018年3月8日)

軽気球実験

一人乗り気球を使って、子供たちを遠足に連れて行く準備をしている。頭上にある直径1mほどの気球は、ぎりぎり地面から足が離れない浮力に調整されていて、軽く地面を蹴るだけで数メートルジャンプできる。海辺の宿から山の麓を経て山岳地帯まで、軽々と登ることができる。高い崖から飛び降りても、ふわりと着地する。
実験段階のこの乗り物を、いきなり子供たちに試すことになる。彼らは、気球を調整する手綱を手に結ぶことができるだろうか。綱を太ももにかける輪は、ステンレスワイヤをかしめて作ったほうが安全ではないか。崖に到着する前に日が暮れないように、時間を前倒しにしたほうがよくないか。
などなど、いくつも課題を書きだしている僕を見かねて、見学にきた母と妹は計画を練り直したほうがいいと言う。では車で宿まで送ってくれと妹に頼むと、その「軽気球」で帰ればいいじゃないかと言う。なるほどと思い、ふわふわ街の中を移動しはじめると、この乗り物にブレーキがないことに気づく。

(2013年11月2日その2)

貴腐チーズの知恵

石神井川から江古田の城へ至る入り組んだ城壁の奥へ奥へと分け入り、ついに白カビに包まれた腐ったチーズを手に入れた。それは新しい言葉のように、なにかをうまく説明してくれる。しかし何を解決する概念なのかはよくわからない。腐りかけのチーズは絶品だけれどこれは限界を超えているかもしれないね、とチーズ好きの佐藤さんが言う。
僕は折り畳み式自動車を小脇に抱えて、ここから脱出する手立てを考えはじめる。小さすぎる自動車には片足しか入らず、アクセルにもブレーキにも足が届かない。城壁に縄をかけ、屋根伝いに脱出する道を模索しはじめると、チーズから浮き出た白い胞子嚢たちがいっせいに頭を振りはじめ、迷路問題を解決しようとしている。

(2013年9月30日)

死と学習

数ヶ月後の死を宣告され、川の上流のとある自転車修理工場で働いている。どうしてそんな暢気でいられるの、と工場の女に声をかけられる。平静は装っているだけで、今になって思えばあんなにビールをがぶ飲みするんじゃなかったと後悔もするさ。
旋盤のチャックの形をしたディスクブレーキの新技術に対応するための講習会があると言うので、出かけることにする。それを習いはじめても、数ヶ月で習得できなければ無駄になる。死を宣告されながら無駄を承知で新しいことをするのは、いずれ死ぬのに生きているすべて人々と同じことだ。そういう金言がどこかにあったか、あるいは今思いついたのか、どっちにしてもその通りだと思いながら、下流の講習会場へと自転車を走らせるのだった。

(2001年10月13日)