rhizome: 撮れないカメラ

アリ塚工場

ベランダから遠くのビルを眺めていると、空から小型機がゆっくり降りてくる。警報音を鳴らしているので、墜落するのだ。カメラを取りに部屋に戻ると「飛行機が墜落するときは自分のところに落ちてこないと思いがちですが注意が必要です」という女声のアナウンスが警報音に混じって聞こえる。悠長な飛行機だと感心する。
信じられないほど遅いスローモーションで落ちてくるのは、事故の一瞬が長く感じられる脳の内部時間の効果だ。止まったような飛行機にカメラを向けてシャッターを押すが、ダイアル設定がおかしくてシャッターが切れない。そうこうしているうちに、飛行機は向いの棟をぎりぎりかすめ、あとから自動車まで降ってくる。ようやくシャッターが切れたのは、落下物が工場の敷地のあたりで消滅したあとだった。
階下の工場に降りてみると、金属板を叩いて作ったソラマメ形の頭がころがっている。ソラマメを夢中で撮りはじめると、工員は迷惑そうだが咎めもせず自分の仕事に没頭している。工員のシルエットの隙間から狙った遠景にフォーカスが合うと、ファインダーの中に金属ソラマメとパイプで構成された巨大なアリの巣が現われる。

(2013年12月23日その2)

有機物ネットワーク

東京の地下鉄網が東の果てで途絶える駅を出ると、景色があちこち錆びている。使っていない工場の壁に、操車場の電車の窓にあたった西陽が、ゆがんだ四角い反射を落としている。この奇妙な一瞬を写真に撮ろうとRにカメラを借りるが、電池あるいはメモリに問題があるため画像が保存できません、と表示される。
空に突き出す何本もの塔の中、町はずれにあるひときわ巨大な煙突を目指して歩いていく。しかし、どんな光景に出合っても写真が撮れない。せっかくだからカメラを持って次に来るときのために歩ききらないでおこうよ、と言うのを聞いていないのか彼女はどんどん地下通路に潜り、突き出した土管から顔を出すと、広大な更地をブルドーザーが這っている。
巨大な煙突は、地域の有機物を人間の死体も含めてすべて空中に返し、世界中の空気から有機物を回収するネットワークで、そのための工事をしているのだと言う。鉄パイプ製の車に乗ると、地域の王子らしき裸の子供が、煙突の熱は使い放題だけれど絞れない=制御できない、と言う。しかし余った熱は、車のフレームであるパイプにつなぐと車全体に行き渡るのだ、と言う。

(2012年7月26日)

廃屋火事

地面を這うように自生した金木犀の草には、橙色をした拳大の巨大な花がびっちりついている。薔薇の花を育てている小学生たちや、金木犀の写真を撮っている青年など、路地裏の人々がゆっくり時間を過ごすなか、観光客のように歩いている僕とRは異質なよそ者だ。しかもRが薔薇の花を一輪手折ってしまうので、僕は小学生たちの視線が気が気でない。
広場の縁にある二階建ての廃屋から火が出ている。上手に焼けてしまえば解体する費用が浮くので、持ち主にとっては好都合なのだろうと思いながら眺めていると、二階部分に溜まった大量の水がいっきに溢れ出して火を消してしまう。二階の窓から覗いている人形のなまめかしい首を撮りに行こうとRが言う。火事があった部屋とは思えないまっさらな畳の部屋に寝転びながら写真を撮っていると、僕のカメラはメカ部分が壊れてしまう。Rが自分のデジタルカメラから不要のカットを一枚取り出して捨てると、ポジフィルムには人形の全身が写っている。

(2006年10月6日)