rhizome: 屋根より高い

屋上が一階

谷通りに面した建物の一階から、螺旋階段を昇り、階ごとに色の違う店(黄色い泥を壁に塗った店、青い粉を詰めたタッパーを無数に積み上げた少年の店、白いブランクの店)を覗きながら最上階にたどり着くと、再び一階の表示がある。崖に沿って建つビルの最上階が、ちょうど高台の地上の高さだからだ。
山の一階から再び谷の一階に降りるために、建物の屋上へ戻ろうとするが、崖と屋上の隙間が広すぎて、谷底を見ながら跨ぐことができない。

(2015年3月16日)

昆虫食の妖精

近所一帯が、万博会場になる。空き地がないので、民家の屋根より高いところに広大な板張り広場が設置される。おかげで、自分の部屋の窓からひょいと軒を伝って万博広場に出ることができる。昼寝をしていると、布団の傍らで大西瞳とパニックさんが万博企画の打ち合わせをしている。
万博広場にはところどころ桟橋がある。はるか眼下に、地上の池が見える。ケータイを見ながら歩いていると、気づかぬうちに欄干のない狭い橋を歩いている。
板張り広場から池に降りる螺旋階段に、羽虫を口に吸いこむ女の子がいる。彼女は妖精のようだが、昆虫食はこの万博のテーマでもあり、だから彼女はコンパニオンの制服を着ている。コンパニオンの妖精は交尾中の赤い糸トンボの片方をすっと吸いながら、もう片方のトンボを吸ってみないかと僕に勧める。ためらっていると「これはツナの味がするから」と言う。

(2014年1月29日)

穂高の見える道

実家の界隈には、道に白い盛り土をする習慣があった。久しぶりに帰ってみると、道がどこもかしこも屋根より高くなっている。こんなになるまで長いこと帰ってなかったのか。高い白土を歩きながらふと遠方に目をやると、紫色に山肌のえぐれた穂高が見える。

(2013年11月24日)

貴腐チーズの知恵

石神井川から江古田の城へ至る入り組んだ城壁の奥へ奥へと分け入り、ついに白カビに包まれた腐ったチーズを手に入れた。それは新しい言葉のように、なにかをうまく説明してくれる。しかし何を解決する概念なのかはよくわからない。腐りかけのチーズは絶品だけれどこれは限界を超えているかもしれないね、とチーズ好きの佐藤さんが言う。
僕は折り畳み式自動車を小脇に抱えて、ここから脱出する手立てを考えはじめる。小さすぎる自動車には片足しか入らず、アクセルにもブレーキにも足が届かない。城壁に縄をかけ、屋根伝いに脱出する道を模索しはじめると、チーズから浮き出た白い胞子嚢たちがいっせいに頭を振りはじめ、迷路問題を解決しようとしている。

(2013年9月30日)

ミルク色の死者

斜面にめり込んだ家々の屋根より、坂道のほうが高いところにあるので、道から注意深く足を伸ばして天窓に入ることができる。天窓から壁を伝って部屋まで降りる途中で、いままでいっしょにいたnanayoが居なくなっていることに気づく。
どこではぐれたのかまったく思い出せない。僕は彼女が死んでしまったことを感じ取っていて、せめて彼女が部屋のどこに残っているか考えはじめる。
銀色のスプレー缶の噴出口と、点火したガスバーナーの噴出口を向かい合わせると、スプレー缶の先は次第にオレンジ色に光り始める。炎が尽きると、印刷された取扱説明の文字の上に、濃いミルク色の物質がわずかに残る。その物質を指で掬い取り舐めてみるとnanayoの味がする。彼女はやはりここに居て、缶の中にとどまっていてくれた。

(2007年10月3日)