selection: すべての夢

ガラスの単発機

神長君のお父さんがイヤホンなどを作っている工場で、ガラスでできた単発の飛行機を修理している。正面中央にあいた穴をずらさないとエンジンが入らない。測ったり線を引いたりする時間がないので、ドリルを使って目分量で穴を開けるしかない。脅しているわけでも意地悪しているわけでもなく、本当にこれしか方法がなく、これでダメなら飛ぶのを諦めるしかないんだ、と鳥のように怯える飛行機に言い聞かせている。

(2018年2月20日)

性転換ウォッチ

キムさんが腕時計を巨鳥の腹にあてると、そのたびに鳥の性別が雄になったり雌になったりするので、キムさんが鳥の足につかまって飛び立つ瞬間、鳥が雌だったか雄だったかわからない。たまたま意地の悪い雌だったらどうしようと言うと、キムさんは鳥の仕事をしたことがあるので鳥の弱みを知っているから大丈夫ですよ、と、みづ樹さんは楽観している。

(2018年2月10日)

保護色の猫

スイッチを押すと何もない地面から正四角柱の玄関が生えてくる。柱の中からスイッチを押すと、柱とともに地面に入り、切り出し場を利用した明るい地下空間に到達する。開催中のバザールは買いたいものはないけれど撮りたいものだらけ。肩車に乗ったモナコ王室の子供も写真に収まってくれる。保護色の猫が狭い土のトンネルを行き来している。保護色といっても、ペン画調の猫の毛並みに合わせて変化するのは背景の土のほうだ。

(2018年2月7日)

自律岩絵具

基礎デザイン研究室でコーヒーを飲んでいると、Hが面白い画材を見つけたと言う。ふたつの色を塗り分ける境目に幽玄な風景が勝手に現れる岩絵具で、旧街道の日本画画材店が開発しているらしい。顔料の粒子がそれぞれアトラクタになって陣地を競っている、というのが僕の仮説。Hは網タイツを重ね着して、タイツの隙間に何人か別の人が嵌りこむエロいワークショップをやっている。幽玄な景色を見に行こうと、小皿を掌に載せてアーケードの商店街を歩くと、皿のなかで緑の果汁と黄色いマンゴーが反応して芳香を放ちはじめる。

(2018年1月15日)

中洲宴会

自宅裏手の深く切り込んだ崖に、珪藻土の小片を落としてしまう。強力なライトで崖底を照らすと、老婆がまぶしそうに見上げながら珪藻土をこちらに差しだしてくれる。老婆からはライトを持っている人間は眩しくて見えない。駅前の人の流れを分ける小高い中洲で、飯田くんと水越さんが宴をひろげている。歩道橋に陣取った放送ブースの男が、中洲呑みはメディアか、などとめんどくさいことを聞いてくるのでシカトする。遠方に見える自宅の照明が灯台のビームを出しているのを見て、照明は照らされる側にとって暴力だと飯田君がいう。操車場の貨物列車に乗った数百体の彫刻が、シルエットの行列をなしていま動き出したところ。

(2017年12月31日)

黒い微細ネジ

髪の毛よりも細く、黒い微細なネジが、テーブルの埃にまみれている。埃の繊維ほどの太さしかないネジを、埃ごと注意深く掬い取り、指でつまんだままネジを入れるプラスチック容器を探しているのだが見当たらない。ネジは微生物のように泳ぐので、指紋の谷に嵌ってしまう。

(2017年12月24日)

箱の閉鎖系

マンションのエレベーターが、緊急時に限って垂直ではなく水平に動く話は聞いていたが、自分が乗り合わせることになるとは思っていなかった。突如電車のような横方向の加速度を感じるが、窓がないのでどこを走っているのかわからない。閉鎖系では人が人のタンパク質を摂るしかないので絶滅するしかなかった、という物語をタブレットで見ている同乗者がいる。

(2017年12月20日)

再射出3Dプリンタ

飲み屋の隣に座っている黒服の男が、店の裏手に放置されたアナログレコードプレーヤーから抜いてきたバッテリー(ほかにもっとレアな部品があったろうに…)をポケットにねじ込む。彼は掌に乗るほどの小さい家の模型にストローをあて、らせん状にほどける外壁をするする吸い込んでいく。家はみるみる低くなる。ふたたびストローから紐が射出されると、前とは違う家が出来上がっていく。

(2017年12月19日)

血液交換場

土の露出した断崖に、人ひとりやっと通れる穴があり、くり貫かれた土の中に酒場があり、好きな酒を好きなだけ呑み好きなだけ金を置いていく仕組み。鈴木健が、自分は蚊に刺されても放置するという。好きなだけ血を吸わせて、そのうち自分の血が蚊と交換されて別ものになってもそれはそれでいいというので、いやだめな蚊もいるだろと反論する。

(2017年10月15日)

ち+ユさん

体育館の底の小部屋で伊藤澄夫ら仲間とヘッドマウントディスプレイをつけて遊んでいると、VR世界にちえみさんとユカさんの混合した懐かしい人格が顕われ、大はしゃぎでお腹痛いの治った?と下腹部を撫でるとVRのち+ユさんは笑いながらうっとりしている。体育館の外は夕方の日差しでふたり坂道を降りながらこれからどこに行こうかという矢先に伊藤澄夫の背中にあった1本ショルダーの布製バッグを僕が抱えてきてしまったことに気づきち+ユさんは小さいけど上質のバッグねといいながらバッグを撫でている。チャックの中からトランシーバー状のオレンジ色のいかついケータイを取り出し白黒液晶画面に登録された友人を繰ると安斉工務店などと書かれているがこれを呼び出しても何にもならないから体育館に連絡するのがいいんじゃないとち+ユさんが言う。

(2017年10月1日)

針の独奏

サキちゃんのお兄さんが針を演奏するという。巧みに針を投げ、宙に浮く間どこにも触れていない針はそれぞれの音の高さで鳴る。遠目に黒っぽいほど音符だらけのベートーヴェンピアノソナタの楽譜を見ながら、彼は音符と同じ数の針を宙に舞わせ、同じ放物線を描く針の一群をシャーンと和音にまとめあげる。

(2017年9月27日)

未知領域の古書

ついに閉店する古書店の天井近くの黒塗りの書架に聞いたことのない時代の聞いたことのない美術潮流の棚があり半額で放出しているのだが未知領域すぎて本を選びようがなく途方に暮れるそばから確信をもって希少な一冊をかすめ取っていく青年がいて残念きわまりない。

(2017年9月25日)

松脂イルミネーション

バス停の待合小屋で、隣に座っていた女が立ち去り際に忘れ物を残しているのに気づく。杉本くんが大声で呼び戻すと、女は感謝する風でもなく本を受け取る。「クンデラでしたね」と杉本くんが言う。足元を見ると巾着も落ちているので、あわててふたたび女を呼び戻すが、それは私のものではなく卒業した学生が放置したものだという。見れば小屋の窓の縁に同様の袋が無数に捨て置かれている。開けてみると細いやすりが何本か、松脂の粉にまみれている。
レジの外のベンチに腰かけていると、やすりの尖端で突いてくる男がいる。先端の黄色い松脂が僕の皮膚に入りこみ、盛り上がったぶんをやすりで平坦に仕上げるので、だんだん僕の皮膚が松脂に置き換わっていく。男は実家の隣で真鍮細工の家業を継いだマサミくんであった。このあたりは大開発が済んで地理がまったく変わってしまった。実際、スーパーマーケットの奥の店員用扉を開けると、コンクリートの森を隔ててマサミくんの家のそばに接続するのだそうだ。コンクリートの森には、光る線が残像のように埋め込まれている。これは何かときくと、松脂イルミネーションというイベントだと言う。Rが電話でいまどこにいるのか聞くので、たぶん実家の隣まで来ている、と言う。

(2017年9月12日)

飛行棒

男は固体燃料と飛行石を入れたペニス大の試験管につかまり、これに乗ってコンビニまで行くと頑なに言う。正門を出てすぐなんだから歩いていけばいいじゃないか。しかし男はどうしてもこれにつかまっていっしょに行こうと言う。地上1mくらいを滑らかに飛行できるが、頭を上に保つのは難しく、試験管を握ってもつれ合っていると、私そういう趣味はありませんから安心してくださいと男が言う。

(2017年8月23日)

人間でないもののための音楽

ベートーヴェン交響曲7番ピアノ独奏版を弾く永井さんを指揮しようと棒を振り上げると天窓越しに高いクレーンの先端から人が落下するのが見え、遠くでどすんと音がする。ここのひとびとは一様に顔まで覆うスウェットスーツを着て、人間であることを隠しながら暮らしている。人間の子供たちは、点在する砂場ごとに裸で埋まって身を潜めている。しかし、スーツの中を満たしている人間でないひとびとのための音楽は、人間にはまったく音楽として聞こえない。
高層マンションは大規模修繕のため、四階から上の階が分解撤去されている。天井を這う四階のパイプ群が軍艦のように空に向かって露出していて、複雑な構造が白一色に塗られたところだ。ハッチを開けて部屋のひとつに下りていくと岩間さんがいる。普通に暮らしているんだね、というと、僕の言語が理解できないという顔をする。

(2017年7月20日)