rhizome: 指揮棒を上げる

人間でないもののための音楽

ベートーヴェン交響曲7番ピアノ独奏版を弾く永井さんを指揮しようと棒を振り上げると天窓越しに高いクレーンの先端から人が落下するのが見え、遠くでどすんと音がする。ここのひとびとは一様に顔まで覆うスウェットスーツを着て、人間であることを隠しながら暮らしている。人間の子供たちは、点在する砂場ごとに裸で埋まって身を潜めている。しかし、スーツの中を満たしている人間でないひとびとのための音楽は、人間にはまったく音楽として聞こえない。
高層マンションは大規模修繕のため、四階から上の階が分解撤去されている。天井を這う四階のパイプ群が軍艦のように空に向かって露出していて、複雑な構造が白一色に塗られたところだ。ハッチを開けて部屋のひとつに下りていくと岩間さんがいる。普通に暮らしているんだね、というと、僕の言語が理解できないという顔をする。

(2017年7月20日)

間接生殖

Mが身籠った、とNが言う。Nは、父親は私自身だと言う。しかし君は女じゃないか。するとNは、間接的にあなたが父親だ。だからMと一緒になれと言う。
ほとんど初対面のMと、どうしてやって暮らしていけるのか自信がない。Mとぎこちなく校庭を歩く。競技場の真ん中にあいた小さいオーケストラピットから指揮棒を空に繰り出すが、穴が深すぎて誰の目にもとまらない。

(2016年1月3日)