rhizome: 電話がかからない

ち+ユさん

体育館の底の小部屋で伊藤澄夫ら仲間とヘッドマウントディスプレイをつけて遊んでいると、VR世界にちえみさんとユカさんの混合した懐かしい人格が顕われ、大はしゃぎでお腹痛いの治った?と下腹部を撫でるとVRのち+ユさんは笑いながらうっとりしている。体育館の外は夕方の日差しでふたり坂道を降りながらこれからどこに行こうかという矢先に伊藤澄夫の背中にあった1本ショルダーの布製バッグを僕が抱えてきてしまったことに気づきち+ユさんは小さいけど上質のバッグねといいながらバッグを撫でている。チャックの中からトランシーバー状のオレンジ色のいかついケータイを取り出し白黒液晶画面に登録された友人を繰ると安斉工務店などと書かれているがこれを呼び出しても何にもならないから体育館に連絡するのがいいんじゃないとち+ユさんが言う。

(2017年10月1日)

入れ子携帯

志村三丁目の駅を降り歩いて家に帰ろうとしていると、今日は特別な日とばかり父が得意げにタクシーを止めた。白いワゴンのタクシー内部は雑然としていて、ところどころ水溜りもあり、しかも途中の停留所から人を相乗りさせようとする。丸顔の小柄な運転手は、これはバスだからしかたないと開き直る。父は携帯電話で孫に電話をかけようとしているが、なかなかかからない。僕は、携帯の茶色い箱の中から、もうひとつ小さい箱を取り出し、掌の中でダイアルをプッシュする。父はいつのまにか、大きい方の箱を棺にして中に入ってしまい、中から「まだかからないのか」などと文句を言いはじめる。バスのようなタクシーは志村坂上に到着し、そこでわれわれは降りることになるのだが、しかしこの場所は出発点より家から遠いではないか。今日は特別な日だからそれでいいのか、とも思う。

(2005年12月18日)

水疱の花びら

裸の自分の皮膚に、暗い赤色の花びらが無数についている。それはよく見ると、変色した自分自身の水疱だ。いつもなら気持の悪い事態なのだが、花びらのすばらしく深い色彩が美しく、うっとりと眺めてしまう。
自分は死ぬのだ、その兆候なのだ、ということを知らされたばかりなのに、あまり衝撃がないのは、この色彩のせいだということはよくわかっている。しかし、このことは父親には知らせなくてはならないと思う。父親に電話をかけなくてはならないのだが、十五年前に死んだ父は携帯をもっていない。ダイアル式の電話を探すために、あちこちの乾いた地面を掘ってみるが、なかなか電話にあたらない。

(2004年3月3日)