selection: すべての夢

中庭のサスペンス

マンションの中庭はあまりに広いため、中庭の中に入れ子のようにマンションが建ち、鳥海さんがそこに引っ越してきた。四階建ての壁面全体がスライド式のドアで、ゆっくり音をたてて開くと、エントランスから彼女が出てきた。どんな様式も行き着くところまで行くのよ、と鳥海さんが言う。今夜はゆっくり積もる話をしようと約束したきり、彼女もマンションも見失ってしまう。谷のような中庭はその特性を生かして最新の放逐型刑務所になっている。ここで囚人は、閉鎖した谷の中にいる限り自由にふるまえる。看守と少女が雪かきをしている。その様子を仲間と見ていると、少女が看守に雪をかぶせ、密かに殺害してしまった。

(2014年9月2日)

波動式その場飛び

中央線中央駅の見晴のよいホームで、若い車掌が「オレンジ色の現車両より、黒い旧車両が好きな方は波動式その場飛びでご協力ください」と、車掌しゃべりで言う。小刻みに飛びつつ、これがはたして波動式その場飛びなのか疑問に思いながらも黒い旧車両に乗り込むと、木の床は泥水につかったままところどころ破れた座席に戦災孤児が眠っている。

(2014年8月28日)

ミタのロードテスト

東京駅近く、古本屋が軒を連ねる路地がある。路地から大通りにさしかかる門口に立つと、その日買った本に合わせたテーマ音楽が自動的に鳴り響く仕掛けがある。僕は、友人の個展のパンフレットをコピーするためにコンビニを探している。作品は欲しくないが、作品の写真のコピーをどうても手に入れたい。路地の真ん中に置かれたコピー機をみつけ、ともかく使い始める。ミタの開発者だという男たちがあらわれ、いま機械の耐久試験をしているので使わないでほしいと言う。

(2014年8月23日その2)

水没避難民

ふだんは住民だけが行き来する八階の廊下が、見かけない人で溢れている。非常階段の踊り場から覗きこむと、地上は一面緑色の海に水没している。死んだ佐々木の奥さんが、見惚れるように水平線を見ている。

(2014年8月23日その1)

バベルカフェ

ブリューゲルのバベルの塔は中が吹き抜けになっていて、それぞれの区画から内側にせり出したデッキは、オープンカフェなどになっている。デッキからデッキへと螺旋を下って地上階まで来ると、父がいないことに気付く。川の中州を探しまわっても見当たらない。塔の地下にある大浴場で溺れている可能性もある。しかし水中の死体を見るのが恐ろしくて、足がそちらに向かない。

(2014年8月3日)

水に弱い文明

家の中のあちこちに、水が溢れている。友人が、開いた本の上に熟したトマトを置いていった。そのせいで、本がどれもみな濡れている。僕はそのことを猛烈に怒っている。鈴木健が肩に手を置いて宥めるように「水を必要とする生物である人間が、なんで水に触れちゃいけない紙の本を発明したのか、それを考えるべきですよ」と言う。

(2014年7月1日)

トミーの土管音楽

広い空き地に地下鉄の駅とレストランだけがある。僕は図書館に住んでいて、ふらっとここにやってきた。散乱している土管は、片方の口で音を鳴らすと、もう片方から5度上か下の音が遅れて出てくる。ある口から笑い声を入れると、音は散乱した土管を巡って自律的に反復的な音楽になる。レストランにトミーという男がいて、かつて名を馳せた音楽家なのだそうだが、手元にWikipediaがないので調べることができない。僕はトミーのことを知らないのを気づかれないように、話を合わせている。自分を覆っている体毛は実はTシャツなのだ、と言いながら、トミーは娘と奥さんの肩を抱いて浮かれている。Tシャツの体毛は、映像のエコー効果によって滑らかに流れている。しかしTシャツの首から見える彼の胸元は、Tシャツと同じくらい毛深い。

(2014年6月24日)

グソクムシの崩壊

駒込の草原邸で浅野君たちと仕出し弁当を食べていると、盛られた砂の上に置かれたダイオウグソクムシのロボットが砂ごと崩れはじめる。草原さんは「自然のままにしておけばいいのよ」と言いながら、片足で砂を床の隙間に押しやる。砂は、床の隙間から床下へとこぼれ落ちていく。あとで困るだろうと、僕は隙間を目張りするために床下に潜りこむと、そこは畳の敷かれた明るい広間で、砂時計のように砂の三角山が成長していた。

(2014年6月5日)

地図ワークショップ

斜面に並ぶアトラクションをひとつひとつ攻略し、パルテノンの丘を登りつめると、そこにはMYSTで見た池が広がっている。ボートを漕ぎ出し、いくつかある桟橋のひとつを選ばなくてはならない。
桟橋Aに足をかけると、その拍子に船が離れてしまう。しかたなくたどりついた桟橋Bは、そのあと豪雨の森が待ち受けていている。Aがいちばん楽だったと原田さんが残念そうに言う。
ずぶ濡れのまま階段席いっぱいマッサージチェアが並ぶ会場で空席を見つける。厄介な機械式ロックを開けるのに手間取っているうちにカウントダウンが始まり、一斉にはじまるマッサージのチャンスを逃してしまう。
原田さんが、シール状の地図を使ったワークショップを始める。地形シールをはがすと地図記号が現われる。いや記号をめくると地形のほうがいいんじゃないのか、と反論すると、いつもの長い議論が始まる。

(2014年5月6日)

坩堝コーヒー

ホテル最上階の部屋を予約したのだが、部屋の準備がまだできていないとフロントに言われる。仕方なく、コーヒーを飲んで待つことにする。ロビーには車体が青磁でできた自動車が停まっている。ところどころひびが入り、ひびに汚れが沈着し、車がかつて公道を走っていたことを思わせる。

僕は白いデミタスカップに錫(すず)を融かし、錫が固まらないように小さい火で底を炙りながら部屋の準備を待っている。

(2014年3月29日)

靴蹴り川

阿武隈川の河川敷に履き捨てられた無数の靴を、何人もの若者が上流に向かってゆっくり蹴り飛ばしながら移動している。あおいきくさんの実家を後にして、月明かりも街灯もない真暗闇の田舎道を川に向かって降りてきた僕たちは、いきなりその一群に出くわした。仲間の一人が、驚いた拍子に若者の一人を射殺してしまった。若者たちはいっせいに隠し持っていた銃を僕たちに向けるが、引き金を引かない。そのかわり、靴を上流に蹴り飛ばす人の流れの一部になれと迫る。

(2014年3月26日)

ウーパールーパーの部屋

往年の女優らしき歳老いた女と裸で暮らしている。首まわりなどに皺はあるが、体は艶やかだ。ときおり僕の性器の重さを量りにくるが、情事には至らない。カップラーメンに入っている調味料の袋を鋏で切って、中にある「次にすべきこと」の書かれた紙片を取り出すが、そこに情事と書かれていないから、情事はしないのだと彼女が言う。
「それが今とんでもないものを見たのよ」と言いながら、友人たちがなだれこんでくる。エレベーターの箱いっぱいに、身動きのとれなくなった巨大ウーパールーパーが嵌っていたのだと言う。そうこうしているうちに、この部屋は放射状の郊外鉄道を斜めに遡り、高田馬場駅へ到着する。

(2014年3月24日)

意外な敵役

緑青で描かれた舞台の松に、マスキングテープを貼って妨害する男がいる。男のシルエットはモヒカン刈りで、それが誰だかわからない。ふと光線があたって浮き出た男の顔は、こともあろうにこの芝居の主人公だった、というどんでん返しで舞台は幕になる。

(2014年3月18日)

昆虫食の妖精

近所一帯が、万博会場になる。空き地がないので、民家の屋根より高いところに広大な板張り広場が設置される。おかげで、自分の部屋の窓からひょいと軒を伝って万博広場に出ることができる。昼寝をしていると、布団の傍らで大西瞳とパニックさんが万博企画の打ち合わせをしている。
万博広場にはところどころ桟橋がある。はるか眼下に、地上の池が見える。ケータイを見ながら歩いていると、気づかぬうちに欄干のない狭い橋を歩いている。
板張り広場から池に降りる螺旋階段に、羽虫を口に吸いこむ女の子がいる。彼女は妖精のようだが、昆虫食はこの万博のテーマでもあり、だから彼女はコンパニオンの制服を着ている。コンパニオンの妖精は交尾中の赤い糸トンボの片方をすっと吸いながら、もう片方のトンボを吸ってみないかと僕に勧める。ためらっていると「これはツナの味がするから」と言う。

(2014年1月29日)

イーノのオカルト

水越伸さんが、発酵中のパン種をビニール袋に小分けにして持っている。テーブルに置かれたひとつに手を伸ばすと「だめだめ膨らみかけたところだから」と制止される。パン種のひとつを割ると、ブライアン・イーノにつてい書きかけた原稿が開く。「イーノって音楽のほかに何してた?」と訊くので「CGやってたかな」と言いかけると、jaiさんがひとこと「オカルト」とこたえる。

(2014年1月28日)