rhizome: 土管

トミーの土管音楽

広い空き地に地下鉄の駅とレストランだけがある。僕は図書館に住んでいて、ふらっとここにやってきた。散乱している土管は、片方の口で音を鳴らすと、もう片方から5度上か下の音が遅れて出てくる。ある口から笑い声を入れると、音は散乱した土管を巡って自律的に反復的な音楽になる。レストランにトミーという男がいて、かつて名を馳せた音楽家なのだそうだが、手元にWikipediaがないので調べることができない。僕はトミーのことを知らないのを気づかれないように、話を合わせている。自分を覆っている体毛は実はTシャツなのだ、と言いながら、トミーは娘と奥さんの肩を抱いて浮かれている。Tシャツの体毛は、映像のエコー効果によって滑らかに流れている。しかしTシャツの首から見える彼の胸元は、Tシャツと同じくらい毛深い。

(2014年6月24日)

有機物ネットワーク

東京の地下鉄網が東の果てで途絶える駅を出ると、景色があちこち錆びている。使っていない工場の壁に、操車場の電車の窓にあたった西陽が、ゆがんだ四角い反射を落としている。この奇妙な一瞬を写真に撮ろうとRにカメラを借りるが、電池あるいはメモリに問題があるため画像が保存できません、と表示される。
空に突き出す何本もの塔の中、町はずれにあるひときわ巨大な煙突を目指して歩いていく。しかし、どんな光景に出合っても写真が撮れない。せっかくだからカメラを持って次に来るときのために歩ききらないでおこうよ、と言うのを聞いていないのか彼女はどんどん地下通路に潜り、突き出した土管から顔を出すと、広大な更地をブルドーザーが這っている。
巨大な煙突は、地域の有機物を人間の死体も含めてすべて空中に返し、世界中の空気から有機物を回収するネットワークで、そのための工事をしているのだと言う。鉄パイプ製の車に乗ると、地域の王子らしき裸の子供が、煙突の熱は使い放題だけれど絞れない=制御できない、と言う。しかし余った熱は、車のフレームであるパイプにつなぐと車全体に行き渡るのだ、と言う。

(2012年7月26日)

星座作用マンション

星座作用の埋め込まれたマンションに、吉川ひなのと暮らしている。茫茫と草の生す湿った中庭が建物の二階の高さにあり、それをとりまく各部屋は、自分の部屋以外はすでに廃屋となって誰も住んでいない。一階エントランスの壁には、割れた土管や趣味の悪い額縁、錆びた機械など、意味のないものが埋め込まれている。吉川ひなのと、マンションに付属したレストランで飯を食いながら、星座を埋め込むために住みやすさをどこまで犠牲にしてもいいものか、議論している。

(2005年7月18日)

色鉛筆の通路

駅前広場を出て道を左に折れると、機械油を吸い込んだ灰色の壁が延々と隣駅まで連なっている。この道は現在もあるが、こんな無彩色ではない。景色が単純で灰色なのは、今歩いている道が子供のころの道だからだ。
子供のころの道を歩きながら、ふと思い出した抜け道に分け入ると、そこは土砂や建築資材をうずたかく積み上げた場所で、登っていくと友達の父親が経営している工場の門があらわれる。
友達がくれた工場の見取り図には、坂の下までいっきに降りる土管が書かれている。子供のころは通り抜けるのがなんでもなかったその図面上の土管を、僕は白い色鉛筆を使って何度もなぞっている。こうしておけば、色鉛筆が蝋のように滑って体がつかえてしまうこともない。

(1999年1月15日)