rhizome: 死体

解剖ワークショップ

そういえば最近飛んでなかった、などと言いながら部屋の天井まで空中浮遊してゆかさんの気を引こうとするのだが、忙しくてかまってくれない。医学生でない一般人のための人体解剖ワークショップが始まろうとしている。体育館の入口から何体もの死体が台に載って入ってくる。いくつものグループが待ち受ける。このチャンスを不意にするわけにはいかないが、このまま逃げてしまいたい気持ちもある。自分のチームはすでにところどころ赤や青に変色した男の死体にとりかかっている。前かがみに死体の腕を押さえつけた女の胸元から大きな生々しい胸が覗いて、これはどこかの小説で読んだ対比だと思う。死体に鋏が入ると、死体は痛い痛いと言って拒みはじめる。死んでいないのか。担当の医大生が「戦争でちゃんと脳死を確認しないと、こういうことがたまにあります」と言う。

(2017年6月17日)

バベルカフェ

ブリューゲルのバベルの塔は中が吹き抜けになっていて、それぞれの区画から内側にせり出したデッキは、オープンカフェなどになっている。デッキからデッキへと螺旋を下って地上階まで来ると、父がいないことに気付く。川の中州を探しまわっても見当たらない。塔の地下にある大浴場で溺れている可能性もある。しかし水中の死体を見るのが恐ろしくて、足がそちらに向かない。

(2014年8月3日)

有機物ネットワーク

東京の地下鉄網が東の果てで途絶える駅を出ると、景色があちこち錆びている。使っていない工場の壁に、操車場の電車の窓にあたった西陽が、ゆがんだ四角い反射を落としている。この奇妙な一瞬を写真に撮ろうとRにカメラを借りるが、電池あるいはメモリに問題があるため画像が保存できません、と表示される。
空に突き出す何本もの塔の中、町はずれにあるひときわ巨大な煙突を目指して歩いていく。しかし、どんな光景に出合っても写真が撮れない。せっかくだからカメラを持って次に来るときのために歩ききらないでおこうよ、と言うのを聞いていないのか彼女はどんどん地下通路に潜り、突き出した土管から顔を出すと、広大な更地をブルドーザーが這っている。
巨大な煙突は、地域の有機物を人間の死体も含めてすべて空中に返し、世界中の空気から有機物を回収するネットワークで、そのための工事をしているのだと言う。鉄パイプ製の車に乗ると、地域の王子らしき裸の子供が、煙突の熱は使い放題だけれど絞れない=制御できない、と言う。しかし余った熱は、車のフレームであるパイプにつなぐと車全体に行き渡るのだ、と言う。

(2012年7月26日)

蛾で封印

高架駅への近道だ、と思って細い階段を昇りきると、もう一度降りないと駅にたどりつけない「徒労の階段」であった。あきらめて階段を下り、次の上り階段にさしかかる谷に、風呂桶ほどの水溜りがあり、顔色の悪い裸の女子高校生が泥水に漬かっている。早く帰宅するようにたしなめながら死体のような女を引き揚げると、意外に体温は高く、声も快活なので安心する。狡猾な男の腕のようなものが女の性器から外れ、泥水に浮いている。女を捕らえていた邪悪な男性器のようなものの周囲に、ぐるぐると蛾の吐き出した糸を巻きつけておいた。

(2007年8月15日)

ピンクの小猿

修学旅行のバスは、休憩所に着くたびにみな揃って降りるのが面倒だ。このバスはしかも飛行機なのだから、トイレだってちゃんと機内にある。着陸時に目に入った色とりどりの小箱のような町並に心を引かれながら、しかし小箱に分け入って写真に収めてくる時間のゆとりもこの休憩にはないことだから、僕は降りずに機内から窓の外をぼんやり眺めていた。
窓のほぼ真下にある水溜りのような淀んだ小川に、ピンク色の猿の死体がいくつか、うつ伏せで浮いている。大きさは、おそらく掌に乗るほどだろう。ふと元気のよい生きた猿が、ファインダーの外から飛び込んできて、瞬く間にフレームの外へ過ぎ去った。

(1999年2月22日)