rhizome: 水が溢れる

水に弱い文明

家の中のあちこちに、水が溢れている。友人が、開いた本の上に熟したトマトを置いていった。そのせいで、本がどれもみな濡れている。僕はそのことを猛烈に怒っている。鈴木健が肩に手を置いて宥めるように「水を必要とする生物である人間が、なんで水に触れちゃいけない紙の本を発明したのか、それを考えるべきですよ」と言う。

(2014年7月1日)

廃屋火事

地面を這うように自生した金木犀の草には、橙色をした拳大の巨大な花がびっちりついている。薔薇の花を育てている小学生たちや、金木犀の写真を撮っている青年など、路地裏の人々がゆっくり時間を過ごすなか、観光客のように歩いている僕とRは異質なよそ者だ。しかもRが薔薇の花を一輪手折ってしまうので、僕は小学生たちの視線が気が気でない。
広場の縁にある二階建ての廃屋から火が出ている。上手に焼けてしまえば解体する費用が浮くので、持ち主にとっては好都合なのだろうと思いながら眺めていると、二階部分に溜まった大量の水がいっきに溢れ出して火を消してしまう。二階の窓から覗いている人形のなまめかしい首を撮りに行こうとRが言う。火事があった部屋とは思えないまっさらな畳の部屋に寝転びながら写真を撮っていると、僕のカメラはメカ部分が壊れてしまう。Rが自分のデジタルカメラから不要のカットを一枚取り出して捨てると、ポジフィルムには人形の全身が写っている。

(2006年10月6日)

突然のプール

昼休みのサラリーマンは、光が溢れる地下のフロアで、ゆったりと椅子に体をしずめ午睡を楽しんでいる。ふと気づくと水が溢れ出し、フロア全体が水を貯え、昼休みのサラリーマンたちは仰向けのまま浮き始めた。その一瞬のとまどいがおさまると、今度はお互いの顔を見合いながら一様に照れ笑いを浮かべ、背面泳ぎで体を浮かべ、平静を装うゆとりの速度でゆるりゆるりと岸まで泳ぎ着いた。

(2000年9月26日その1)