rhizome: 胸毛

トミーの土管音楽

広い空き地に地下鉄の駅とレストランだけがある。僕は図書館に住んでいて、ふらっとここにやってきた。散乱している土管は、片方の口で音を鳴らすと、もう片方から5度上か下の音が遅れて出てくる。ある口から笑い声を入れると、音は散乱した土管を巡って自律的に反復的な音楽になる。レストランにトミーという男がいて、かつて名を馳せた音楽家なのだそうだが、手元にWikipediaがないので調べることができない。僕はトミーのことを知らないのを気づかれないように、話を合わせている。自分を覆っている体毛は実はTシャツなのだ、と言いながら、トミーは娘と奥さんの肩を抱いて浮かれている。Tシャツの体毛は、映像のエコー効果によって滑らかに流れている。しかしTシャツの首から見える彼の胸元は、Tシャツと同じくらい毛深い。

(2014年6月24日)

漂流バス

久しぶりに会う蒼井さんとの待ち合わせに30分遅れてしまう。すでに来ているMがそれを咎めるが、どうしたってこの時間より早く着くことはできないので、咎められたことに憤慨する。蒼井さんが皮肉っぽく「20年前とまったく変わってない。変わったのは散髪したことぐらい」と言う。僕は、頭にきて帰ってしまうことにする。捨てぜりふに「散髪だけ残しておきたいところだ」と言うが、意味を理解してもらえない。

駅のホームで、Mが追いかけてこないかと人影を探しながら、しかし滑り込んできた電車に乗ってしまう。この電車は都心から離れる下り列車だが、大回りして都内に帰宅するルートを僕は知っている。ところが、あるところでこの車両だけ切り離され、路面を走るバスになった。分岐する車両があることは、なんとなく知っていた。しかし、この方向では家からどんどん遠くなるばかりだ。どこかで降りなくては。同じ間違いをした乗客が、あちこちでそのことを話している。遠くに見える見慣れない山のことや、この方向に知っている会社があることなど。

気がつくと、バスが川の濁流に浮いている。電車でもありバスでもありそして船でもあったことに、みな驚嘆している。しかし、バスは思うように進んでいないようだ。しかも、だんだん横倒しになってきた。不安になって運転手に「大丈夫なんだろうな」と言うと、太ったイタリア人の運転手は胸毛に覆われた上半身をあらわにして笑いながら、「あんた、どうにかしてよ」と言う。

(1997年9月30日)