selection: すべての夢

遺失物袋

土でできたスタジアムのカルデラ外縁を歩きながら、すり鉢の中で遊んでいる子供たちが投げ上げたボールを拾う。投げ返すつもりが、外側の壁と道路の隙間に落としてしまう。狭い隙間に降りると、管理のおじさんたちから「安斎さん」という付箋をつけた袋を渡される。そこにはかつて自分が隙間に落としてしまった五百円玉などがたくさんつまっている。

(2016年5月15日)

四面楚菓

ミジンコの透き通った体に葛きりを詰めた四面楚歌という菓子を売り出す計画を友人たちと練っている。

(2016年5月8日)

解釈船

ショッピングモールで「業務連絡、解釈船が到着しました」という館内放送が流れる。なにかの符牒か、客には意味がわからない。解釈船は座席の背と背の間にも人を詰め込み、田舎駅に着いたとたんにぱっかりと開く船の側面から人がどっと広い改札へなだれ込む。広い改札をトラックまで通ろうとする。いくら田舎でもそれは無理だと駅員が制する悶着を写真に撮ろうとカメラを向けると、トラックの運転手がVサインを送ってくる。改札のあまりの広さに画角が足りず、パノラマ撮影で流し撮りするがうまく写らない。緑生す駅の谷に降り、一面の植物群に向けてパノラマの試し撮りを始めると、この最新カメラは空間を縦横無尽に舐めるだけで風景を勝手に読み取り、重複した空間は襞を寄せて畳み込んでくれることがわかった。

(2016年2月29日)

豆腐と豆苗の甘辛ソース

勇樹と深春が誕生日を祝う料理を作ってくれた。豆苗の長い芽を丸い豆腐に一本一本挿してある。皿が揺れ始め、しだい豆腐の固有振動は振幅を増し、豆苗ごと崩れかける。しかしなぜ君たちは知り合いなんだ。豆腐が崩壊し始めると、隣の皿の甘いソースと混ざるので皿と皿の間に掌の堤防を作る。堤防を乗り越えたソースをスプーンで皿に戻す。掌の甘辛いソースを舐めると、驚くほど美味い。

(2016年2月25日)

リアルビスケット

全身黒タイツに髭の原田さんが、スクリーンの前で踊っている。動きが怪しい。原田さんの形に添って、ビスケットオブジェクトが逃げたりくっついたりする。「本当はこれがやりたかったんですよ」と原田さんは満面の笑みを浮かべる。

(2016年2月22日)

クラウドテレビ

H氏は小学館ビルの細長い洞窟上のフロアで、泥絵を描いている。H氏(ひぐち、ひがき、ひうらなど「ひ」のつく名だ)は僕のことを知っているし僕もH氏のことを知っているが、これが初対面だ。H氏の掌には少なくとも5色の土があり、それを巧みに切り替えて壁に泥を塗っている。中村さんがH氏に、テレビ神奈川が見たいと要求する。小学館のフロアの端にはラウンジがあり、そこのテレビは屋上のUHFアンテナにつながっているから、きっと過去の番組が映るはずだとH氏が言う。いやそんなことはないだろうと僕が反論すると、H氏は空にまだキャッシュが残っていると言う。

(2016年2月8日)

最期を看取る人

高層の建物の非常階段に隣接した角部屋で深く眠っている。自分の寝息が聞こえる。柳子さんとhapiraさんがそばにいる感覚がある。hapiraさんの手が僕の顔を触っているが、死人のように冷たい。その冷たい腕をつかみたいのだが体が動かない。そうか僕はhapiraさんに看取られるのか、それは意外だった、と思う。

(2016年1月11日)

間接生殖

Mが身籠った、とNが言う。Nは、父親は私自身だと言う。しかし君は女じゃないか。するとNは、間接的にあなたが父親だ。だからMと一緒になれと言う。
ほとんど初対面のMと、どうしてやって暮らしていけるのか自信がない。Mとぎこちなく校庭を歩く。競技場の真ん中にあいた小さいオーケストラピットから指揮棒を空に繰り出すが、穴が深すぎて誰の目にもとまらない。

(2016年1月3日)

トマト噴出祭

増尾さんの車でコンビニの駐車場に入ると、ざく切りのトマトをたっぷり溜めた車を停めている白服の女がいる。怪しい女の車からなるべく離れて駐車したのだが、女がトマトを宙に噴出しはじめたので、僕は移動式郵便局のドアに入り難を逃れる。ガラス張りの天井や壁にトマトの種や液体がたまり、外の景色が赤く歪んでいく。これは撮影のためにやっているから害はない、しかし迷惑な話だ、と郵便局員は言う。郵便局に入ってきた女を非難の意味をこめて蹴り出すが、女はただの客だったかもしれない。廃屋になった教会の敷地に、太いホースのついた掃除機が捨ててあり、トマトを噴霧した道具の一部だとすぐにわかった。誰もそのことに気づいていない。持ち帰ろうか、しかし実家の部屋を埋め尽くすがらくたに、この機械を加えることに意味があるのか。
実家の前の広い敷地が更地になっていて、かつて見たことがなかった奥に、ペンキ塗りの板塀のアパート群があらわになっている。だれも住んでいないから、あの建物も撤去してくれないと火事になったら怖いと母親が言うが、じっくり廃屋を撮影するまでこのままにしてほしい。

(2016年1月2日)

生物教室放出品

古いコンクリート造りの校舎で、生物学教室の廃棄品を放出している。染色液が漏れたプレパラートや、青く変色した児童文学全集がある。各病院から二人までと言われているが、無関係の自分や女子高校生が紛れ込んでいても咎められることはない。根元から折れた水晶の柱は、断面がつるつるになるまで磨滅している。道に埋められていたからだろうか。女子高校生が手にとると、水晶の下から顕微鏡のXYステージが現われる。女子高校生とじゃんけんをして手に入れる。ただ、彼女はじゃんけんの原理がわかっていなかったかもしれず、腑に落ちない顔をしていた。ツマミを回すと驚くほど滑らかに上台が滑る。先端に穴のあいた彫金用スクレイパーをポケットに入れる。
何枚もある素描を見ていると、老いた女が「この絵は息が詰まる」という。これは死んだ画家とその弟子が描いたものだが、どちらの絵がそうなのか尋ねると、女は黙ってしまう。彼女自身、山下という画家のゴーストペインターだったと言う。
地下室に陽が当たるのは、地上から掘られた深い崖底に出るガラス戸があるからで、外に出ると地上に続く坂がある。大和田さんが、地上までの坂道をバギーに乗せてくれる。

(2015年12月15日)

ずるいジョージ・クルーニー

大人たちが帰ってきたので、あわてて裸の下半身を炬燵の中に隠した。少女の柔らかい感触が足にからみつきながら炬燵の中でなんとかタイツを履くことができた。帰ろうとする少女を大人たちが引きとめている。こうやって長い時間置いておけば、動物とおなじで番(つがい)になるから、と大人たちが影でささやいているのが聞こえる。
階段を上って二階の自分の部屋へ上がると、初めてみる3階への階段がある。登ってみると薄い板がきしむ。安い木を使うとこういうことになる。カウンター席も同じ素材でニス仕上げも安っぽい。なんで大人は一割の差をケチるのか。
3階の奥から階段を降りると、ジョージ・クルーニーが製図器具を売っている。烏口のコンパスは3万円のところ千円に割引くという。仕上げの美しさに心が動くが、この先これに墨を入れて使うことはまずない。別の棚にある十字の溝を彫ったドライバーを見ていると、その間にジョージは製図器具一式を包んで合計7万円の請求書を書いている。冗談じゃないどいつもこいつもずるすぎると言ってその場を去る。
地下のスタジオは天井が背丈ほどしかない。地下を伝って別の建物に抜けることができるのを知っているので、警備員に不審がられないように平静を装い、つきあたりまでくると、たくさん子供たちが群らがり、ひとりの赤ん坊に卵ごはんを食べさせている。箸の先端は危ないので、反対側を使い上手に口に入れると、赤子はミンチマシンの入口のように滑らかに吸い込んでいく。

(2015年12月5日)

屑鉄回収AR

成城学園の大戸屋を探して、森の中で二人の女子大生に尋ねるが、彼女たちの言う通り歩いてもたどりつけない。駅前の路地に見つけた廃屋を画角いっぱい撮影しようと後ずさりすると、屑鉄回収業者の敷地に入ってしまう。地面に敷いた鉄板が油で滑る。業者のおじさんに写真を撮ってもよいかたずねると「いくらでも撮りな、写らないから」と言う。カメラの液晶を覗くと、確かにおじさんの姿がない。「そのかわり」と言っておじさんが指を鳴らすと、ファインダーの中のあちこちに化け物が現われるが、被写体のほうに実体はなにもない。

(2015年10月15日)

五十年目の雲

いままで聞いたことのない轟音が空に満ちている。小学校の坂を登って高畑君の部屋を訪ねると、50年間ずっとこの日を待っていたのだと言う。二人で僕の実家まで戻ると、近所の家は根こそぎなくなっていて、土台がむき出しになっている。かろうじて残った両隣のおかげで、実家は形をとどめている。玄関から入り、骨組みを登って二階にたどり着くと、夕焼け空一面に鱗雲が浮いている。鱗雲の一片がゆっくり降りてくるのを掴まえようとすると、それはあちこち擦れて磨滅した発泡スチロールで、白い粉を落としながら逃げてしまう。

(2015年9月28日)

宇宙洗濯機

幸村さんが、宇宙エレベーターより簡単に宇宙へ行く道を見つけたと言って、大型ドラム式洗濯機の蓋を開け、江渡さんといっしょに宇宙へ旅立った。しかしあまりに普段着なので、世の中の反応がいまいちなのだという。東大の博物館で待ち合わせた木原さんとあれこれ広報戦略を練るが、結局このままでいいと言う結論に至る。

(2015年9月25日)

キソさんの胸元

玄関の鍵をかけ忘れたまま眠ってしまったので、女たちが何人も入ってきて台所に溜まっている。部屋の隅で眠っている祖母のキソさんが起きてしまわないようにキソさんに覆いかぶさると、ニッキの匂いがする。正面から抱き合ったキソさんは、明るい白地に花柄の空間を胸元に抱いている。これから死に行く人の内部はこのように明るいのだ。

(2015年9月16日)