rhizome: 菓子

泥天麩羅

美術館でもらったきらきら光るお菓子を頬張るRの背中を追って、写真美術館の脇を道なりに進み深い坂を自転車でいっきに下ると、高速道路の縁の下に入ることを知った。めったに人も車もこないし、ぬかるんだ泥がたまっている。都市の地下にはまだまだこんなとんでもなく悲惨でおいしい被写体エリアがある。ときおり迷い込んだ車が、坂を降りて登るV字運動の底で、泥水のてんぷら衣をたっぷりつけて去っていく。

(2017年6月1日)

四面楚菓

ミジンコの透き通った体に葛きりを詰めた四面楚歌という菓子を売り出す計画を友人たちと練っている。

(2016年5月8日)

知識の個室

トイレの壁に平凡社世界大百科事典を敷き詰めている。壁面に固定された各巻は、それぞれ任意のページが開いたままになっている。遊びにきた内田洋平がしばらくこもっていたせいで、四方の壁のどのページにもめくった痕跡がある。スグキで作った和菓子や、ケインズの項目が開いている。

(2015年4月27日)

池袋高原

泥まみれの絨毯のように重なりあった何頭かの牛が、地面に貼りついた頬を動かして何かを食んでいる。池袋に三か所しかない眺望の開けた高地のひとつにたどり着いたものの、この古い民家の中に入らないと遮られた絶景を見ることはできない。
屋敷の玄関に向かって進んでいくと、意図に反する何かが軌道をずらし、床下に紛れ込んでしまった。湿った縁の下に住んでいる老婆が僕と連れの女に呪文をかけたので、僕らはブランクーシの抱擁の形で一体となり、床下の地べたに投げ出されたままぐるぐる回りはじめた。どうあがいても、ふたつの不随意筋の絡み合いがほどけることはない。

老婆が不意に靴下を脱いで、農作業で変形した足と、そこに貼った木片を見せた。大工の墨書きがそのまま残る粗末な板が痛々しく、同情をこめて痛くないのか尋ねると、木は木に貼ってあるだけなので痛くないと言う。
僕らはそろそろ退散しようと、散乱した自分の持ち物を、木のリコーダーは木のリコーダー同士、同類のものをまとめはじめると、ころころと落ちた何か小さい持ち物を女の子が持ち去ってしまう。机の下を覗きこむと、小さな動物になった女の子が、赤地に白い水玉模様の菓子をラッコのように胸の上に乗せ、舐めている。

(2012年8月7日)

粉の鍵

要塞のように入り組んだ地下の一室で、髪を丁寧にオールバックにした石井裕、その娘、僕の三人でテーブルを囲んでいる。
隣接した電算室には中国人の技術者が一人、別の部屋には何人かの乳児と保母。機密が漏れてはならないと、石井は声を潜めて新しい認証システムについて説明し始めた。
「この鍵は、粉でできている」彼はガラスの小瓶を示した。
「この粉の瓶を金庫に挿入し、しかも粉の組成を正確に言い当てないと、鍵は開かないのです。たとえば草、花、木、というように」
娘が弁当箱大の容器に入った白い顆粒に液体をかけると、一瞬青白い光を放ち、液の中で草や花や木の記号の形をした小さいゼリーが浮遊しはじめる。これがパスワードなのだ。
娘が「ねるねるねるね」と言いながら混合物をかき混ぜると、形は壊れて糊状の塊になった。
「この糊を乾燥させると、……粉になるわけです」
僕はこの卓越したアイデアに感動しながら、しかし心のどこかで「何かが冗長だ」と思っている。

(1997年2月15日)