rhizome: 深春

豆腐と豆苗の甘辛ソース

勇樹と深春が誕生日を祝う料理を作ってくれた。豆苗の長い芽を丸い豆腐に一本一本挿してある。皿が揺れ始め、しだい豆腐の固有振動は振幅を増し、豆苗ごと崩れかける。しかしなぜ君たちは知り合いなんだ。豆腐が崩壊し始めると、隣の皿の甘いソースと混ざるので皿と皿の間に掌の堤防を作る。堤防を乗り越えたソースをスプーンで皿に戻す。掌の甘辛いソースを舐めると、驚くほど美味い。

(2016年2月25日)

漂流バス

久しぶりに会う蒼井さんとの待ち合わせに30分遅れてしまう。すでに来ているMがそれを咎めるが、どうしたってこの時間より早く着くことはできないので、咎められたことに憤慨する。蒼井さんが皮肉っぽく「20年前とまったく変わってない。変わったのは散髪したことぐらい」と言う。僕は、頭にきて帰ってしまうことにする。捨てぜりふに「散髪だけ残しておきたいところだ」と言うが、意味を理解してもらえない。

駅のホームで、Mが追いかけてこないかと人影を探しながら、しかし滑り込んできた電車に乗ってしまう。この電車は都心から離れる下り列車だが、大回りして都内に帰宅するルートを僕は知っている。ところが、あるところでこの車両だけ切り離され、路面を走るバスになった。分岐する車両があることは、なんとなく知っていた。しかし、この方向では家からどんどん遠くなるばかりだ。どこかで降りなくては。同じ間違いをした乗客が、あちこちでそのことを話している。遠くに見える見慣れない山のことや、この方向に知っている会社があることなど。

気がつくと、バスが川の濁流に浮いている。電車でもありバスでもありそして船でもあったことに、みな驚嘆している。しかし、バスは思うように進んでいないようだ。しかも、だんだん横倒しになってきた。不安になって運転手に「大丈夫なんだろうな」と言うと、太ったイタリア人の運転手は胸毛に覆われた上半身をあらわにして笑いながら、「あんた、どうにかしてよ」と言う。

(1997年9月30日)