selection: すべての夢

とるとるとる

客である僕をまるで身内のように扱ってくれるその店で、乾杯のために出されたビールジョッキには粉状の青海苔が並々と注がれていた。粉体を飲み干すのがこんなにつらいことだとは思いもよらず、しかし特別な乾杯を飲み残すわけにはいかないので、店を出てからずいぶんたつのにまだ自分の内側に乾いた海苔の香りが貼りついている。

潮の香るこの町で、巻き針金を鉄道の操車場に届けるのが僕の仕事だ。作業服の男たちに、差し渡しが身長より大きい針金ロールを届けると、線路端の木の机になかば破棄された、あるいは不器用に展示された動物や人形などの工芸品群を見つける。青錆色に光を反射するこれらを、持って帰っていいものか、いやそれはことによると盗みになっていまうかもしれないから、やはりこれは写真で撮って帰るのが妥当だろうと、デジカメを向けてあれこれ構図を考えていると、背後に順番待ちのおばさんたちが撮影準備をはじめている。彼女らは写真を撮るにつけてもずうずうしく、さっきまで空に広がっていた綺麗な雲がほしいと一人が言うと、でもその雲はあなたがカメラで吸い取ってしまったんじゃないの、ともう一人。特売品を確保するごとく聞こえるこの人たちの言語には、撮る盗る取るの使い分けがない。

(2001年7月8日その1)

黄色い彫刻に身を隠す

ニューヨークがまだいたるところ森林だったころ、私は小型の蒸気機関車にまたがり、運転士をしている。森を走り抜ける蒸気機関車は、時に脱線しては線路に復帰するほどラフな走りで、客車にはポッキーを食べている女子高校生の群れが見えた。

線路沿いに、マッチ箱を立てたようなギャラリーの長屋がある。ギャラリーの向こうには、広い坂道がある。その坂道を、高速で走る車がごろごろ転げ落ちる。ギャラリーの女性オーナーは、大きなガラス窓ごしに事故の光景を眺めながら、なぜ人は蒸気機関車のようにゆっくり走らないのか、なぜ死に急ぐのか、と演劇風に嘆いている。

私の名はモー(というらしい)。事故で死んだ女(私のかつての恋人パトリシアらしい)を抱えた組織の男が、ギャラリー界隈でモー(私)を探している。私は、もう面倒はゴメンだ。

私は、崖っぷちに林立する黄色い鉄骨の彫刻群に向かって歩きはじめた。胸のポケットに挿したレンタル万年筆が壊れないように気づかいながら、巨人彫刻の肩によじ登り、私は私を探している男と死んだパトリシアの人影を見ている。

(2001年1月4日)

国道の机

竹箒のトゲが指にささってしまったので、ゆったり椅子に座って、机の上に置いてあるピンセットで抜いていると、自分の机だけすっかり国道の中央分離帯の一端に取り残されていることに気づく。車中の男が警官に「あそこは私有地じゃないよね。取り締まらないのか」と執拗に食い下がるのが見える。いやなやつだ。警官はとりあわないが、きっとあの男は、あとでこの机の上の文具を一式、盗みに来るつもりだろう。
机から離れて歩道に出ると、自分の机の背後に深い穴があり、地下鉄工事がすぐそこまで進行してきている。そろそろ潮時なのだろう。あの場所をどうにかしないと。

(2000年10月31日)

火口でバレーボール

山腹の草原には、死んだ猫のまだ生暖かい血が溜まっている。そのすぐ近くで、僕は十人ほどの男女と円陣を組んでバレーボールをしている。和気あいあいと見えるのは表面上のことで、彼らは僕を拘束に来た連中だということを、僕はとっくに知っている。ふと眼下を見下ろすと、ここは巨大な死火山の山頂で、遠くカルデラ式の火口内面が緑色に霞んで見える。この状況にふさわしいBGMが流れてきて、こみ上げてくる号泣を喉元で砕きながら、こういう感傷的な音楽は好みではないし、そもそもこの配役は自分に似合わないと思う。

(2000年10月6日)

犬の兄貴たち

藤枝守さんと野菜を育てる話をしていると、階下にジャニーズ系グループの少年たちが集まっている。近くでキャンプをしていたらキャベツがないことに気づいたので、借りにきたのだと言う。キャベツを借りにくるという奇妙な行動には感心するが、しかし借りるなら返してほしい、と言う。
小さい愛犬とともに、少年らを送りに出る。途中で愛犬の鼻先に手を置くと犬は眠ってしまう。いっしょに路上に寝ころんで、すっかり犬が寝付いてしまうのを見届けてから彼らは帰っていった。目覚めた犬と手をつないで帰る道すがら、男の子たちが帰ってしまったことに落胆する犬の話を聞いてやった。彼は、ああいうとびきり悪い兄貴がほしかったのだと言う。

(2000年10月1日)

高所のいさかい

自転車で地下から地上へ、さらに坂を登りどんどん高度を稼いで川を一望する長い橋の、さらに吊り橋を吊る柱の頂上まで来てしまった。一気に登ったものの、さてどうやってここから降りるのか、降りる怖さを知らないで登ってしまう山の初心者のように足をすくませながら考えあぐねていると、未成年の男女が高所で言い合いをしている。こんなくだらない話題でよくもそんなに真剣になれるものだ、と嘲笑しているつもりたっだが、うかつにも女の語調に巻き込まれ号泣している自分が照れくさい。

(2000年9月26日その2)

突然のプール

昼休みのサラリーマンは、光が溢れる地下のフロアで、ゆったりと椅子に体をしずめ午睡を楽しんでいる。ふと気づくと水が溢れ出し、フロア全体が水を貯え、昼休みのサラリーマンたちは仰向けのまま浮き始めた。その一瞬のとまどいがおさまると、今度はお互いの顔を見合いながら一様に照れ笑いを浮かべ、背面泳ぎで体を浮かべ、平静を装うゆとりの速度でゆるりゆるりと岸まで泳ぎ着いた。

(2000年9月26日その1)

液体駐輪場

自転車を走らせて高木の家に到着すると、自転車置き場に自転車を収納するように勧められる。マンホールのふたのようなものをあけると、乳白の液体が蓄えられていて、その中に自転車を浸しておくのだと言う。高木の娘が収納の仕方を説明してくれる。
しかし、自転車を完全に収める間もなく、再び自転車で家に戻らなければならなくなる。せっかくのパーティーに必須のなにかを、家に忘れてきてしまったからだ。謝って済まそうとすると、Rが執拗に「自転車で取ってきて欲しい」と言うので、彼女にとってそれが今日もっとも大事なこだわりだったのだと気付く。

遠方の自宅までどうやって帰れるのか、頭に地図が浮かばない。どこかわからないのに、坂をどんどん下りきってしまう。ここはどの駅の近くですか、とおばさんに尋ねると、中野、と言って遠方を指差す先に見えるのはまたもや坂で、ふたたび僕は坂を上り始める。
黒衣の黒人が、葬式の提灯の前に立っている。しかたなく店の裏口から入り、表から出ると、ふと自分がパンツをはいていないことに気づく。黒人があからさまにじろじろと股間を見ている。失礼な男だ。

(2000年9月25日その3)

蛇は仲間だ

すっかり傷んだフローリングの床は、ところどころ体重を支えきれないほど危うくなっていて、うかつにたわんだ場所に足をかけると、すっぽり踏み抜いてしまう。床下には意外に深い空間があり、光が差し、冷ややかな空気が流れている。そこには真新しい床があるのだから、だったら一段降りて移り住んでもいいじゃないかと思う。
冷たい床下の床に、赤と白のまだらの蛇がいる。蛇を殺してはいけない。だから、ゴミ箱をそっとかぶせておくことにした。あとでゴミ箱の下に薄い板を差し入れ、そのまま板ごとずらして外に出せば、蛇に触れることなく蛇を逃がすことができる。
拳銃をもった男たちが雪崩れ込んできて、僕は拘束される。男がゴミ箱を持ち上げると、コブラのように頭をもたげた赤白の蛇が男を威嚇する。男がひるんだすきに拳銃を奪い、まんまと逃走に成功する。
蛇はやはり仲間なのだ。

(2000年9月25日その2)

うねり坂

激しい急勾配を含んだ波型の坂道が遠方に見える。造山運動の名残なのか、地面が小腸の断面図になっていて、部分的に上下が逆転している。このあたりに詳しくない僕は、目前に現れるランドマークをPHSのテレビ電話ごしのRに問い合わせ、それぞれの名称を答えてもらいながら自転車を走らせているのだが、しかしRは「そんな変な坂、知らない」と言う。

(2000年9月25日その1)

海を臨むマンション

まさか住み慣れたマンションに地下があり、しかもそこにRが住んでいるとは思いもよらなかった。プールの底がガラス張りで、そこを天窓とする地下にもうひとつプールのある部屋がある。光がこぼれ落ちる二重底プールが隠されていたのだ。
「隠すつもりはなかったんだけど」と、彼女が開けた窓から海が垣間見える。ああ、海沿いの崖を登ったときに見えた窓はここだったのか、と納得する。

厨房の勝手口で、コックが「魚お造りしましょうか?」とRに声をかける。長年住んでいるが、このマンションに食堂があり、こんなサービスがあることを知らなかった。食堂で中庭のおしゃべり女たちに混じって食事をとる。ここで食事をとるのも、もちろん始めてだ。常連たちの視線がRと僕に注がれる。オマール海老を剥いていると「そろそろ出発の準備しないと」とRに促される。

着替えるために二階の自分の部屋に戻ると、新聞勧誘員の清水と名乗る男が待っている。清水は、これから階下で始まる出発の儀式のために正装を用意したと言う。これを着て「海ゆかば」を歌いながら出発してくださいと言う。僕は年齢的にも思想的にもそういうことはしないのだと言いながら海軍将校の軍服らしきものを手にとると、それはジャージで、背中にジャイアンツのマークが入っている。

一階の入り口にはたくさんの人が集まっていて、この事態に困惑するRの顔も見える。小学生たちが駆け寄ってきて、あんざいさんの生まれた家を知っている、と言って指さした指の先からジグザグの光線が描かれ、光線の先をたどると確かに中台の実家の勝手口に届いている。現在そこには、見知らぬアル中の主婦が住んでいる。アル中女は、おぼつかない手で握ったコップの酒をぶちまけてしまい、酒は窓に張り付いた野生の海老にかかる。遠赤外線ストーブの熱がガラス越しに海老に当たり、酒蒸しになった海老がしだいに良い匂いを放ちはじめた。

(2000年6月19日)

黒い水棲あけび

山岳地帯を奥へ分け入っていくと、突然その村は現れた。岩を切り出した広い溝に、木の皮で作った幌がかけてあり、幌の下に「何か」がたくさん保管されている。あやうく幌に足をかけ、中の「何か」を踏みつぶしそうになると、「何か」はそこで生活しているたくさんの人の頭であることがわかる。こんな暮らし方もあるのか、と声を漏らすと、この村には雨ざらしの岩の上で手足を縛られて暮らしている女たちもいる、と幌の中の誰かが説明を加える。

山を降り、いつのまにか急流に囲まれた畳岩の上に取り残されている。まるで雨ざらしの女たちのように、身動きがとれない。カウボーイ風の父親が畳岩に這いあがってきて「さてわれわれは何を食って生き延びようか」と言う。父は川の中に手を差し入れ、そこに生えているあけびのような実をもぎ取った。
「これは食えるだろうか」と父。さあ、どうだろうと答える前に、父はすでに美味そうに頬ばっている。
ふと、あけびと同じような形をした黒い動物が、すばやい動きで川の中から近づいてきて股間に貼りつく。それは払いのけても数十秒もするとまたやってきて、同じように貼りつく。父の股間にも、同じ種類の黒あけびが貼りついているが、父は「俺は放っておく」と、まるですっかりおなじみの事態であるように、相変わらずあけびを食い続けている。そんなものかと思って自分も放っておくと、睾丸の袋までしっかり取りついたそれは、じわじわと養分を吸い出しはじめているようだ。

(2000年2月16日)

異空間マンション

まさか友人の友人が同じマンションの住人であるとは、思ってもみなかった。自宅からほんの数十m先に見知らぬ小道があり、外からでもマンションの廊下伝いでも、彼女の部屋にたどりつくことができる。
高い天井に古い日本家屋から取り出した梁が嵌め込まれている。部屋の中に土間があり、ボランティアの人たちが好き勝手なことをしている。同じマンションとは思えない広さだ、という感想を彼女に告げると、彼女は「思ったほどは広くはないよ」と謙遜するのだが、どうもその受け答えが不自然なのは、彼女はこの部屋のオーナーではなく、僕が人違いをしている恥を際立たせないように気遣っているオーナーの友人であることを理解する。しまった、この部屋の主の顔が思い出せない。
すると、ボランティアの白人男性が近づいてきて、「それはまさにあなたの著書の通り」と演説をはじめた。そんな本は書いたことがない。この男も人違いをしている。この部屋は、どこもかしこも人違いで満ちている。

自分の部屋に戻ると、玄関に青いマットがしいてある。こんなマットをしいた覚えはない。勇樹が、ジュースを買うので千円ほしいと言うので、もう千円足してやろうかと言うと、嬉しいくせに嬉しそうでない顔をする。二人でマンションの外に出ると、僕は青いマットのことが気になってしかたない。あれは自分の部屋のようで、自分の部屋ではない。気がかりのあまり、マンションの中庭に戻ってみると、そこは人気のない廃屋で、そこここの部屋の窓は壊れ、蔦が這っている。

(2000年2月5日)

シジフォスの蜘蛛

ボーリング場のボールは、重さと指の穴の大きさが比例関係にあるので、僕の指に合ったボールがどれもこれもとてつもなく重いのが気に入らない。外光の差しこむレーンの前でぶつぶつ文句を言っていると、皮をはぎ合わせて作ったバスケットボールのようなものをふと手に入れる。指をつっこんでみると、この軽いボールはだぶだぶしていてとてもピンを倒しそうにない。

傍らにいる男の子の腕に黒い毒蜘蛛がとまっているので、回し蹴りでその蜘蛛だけを思いきりアタックすると、蜘蛛は空中高く舞い上がり、ブーメランの軌跡を描き、再び少年の腕の同じ位置に正確に戻ってきてしまう。

(1999年11月22日)

急勾配の隣人

家の南側に庭を造ったものの、腑甲斐ない父親は今になって隣人への挨拶をためらっている。工事してしまった後でなんて言ったらいいのか、などと口篭もっている。まったくしようがないから俺が行ってくる、と着替えをして出かけようとするが「半ズボンはやめなさい」と母親。脱ぎ捨ててあった作業服をとりあえずはくと、工事担当者に「性感帯に気をつけて」と言われる。気持の悪い男だ。
隣人宅の玄関は不自然な急勾配の上にあり、引き戸をあけると待ち構えていたようにおばさんが奥の座敷で「どれ、見に行くか」と立ちあがる。何か一言挨拶しようとするのだが、この家の床はちょうど僕の鼻あたりの高さで、しかも床から川のように水が流れてきて、口を開くと危うく水を飲みそうになる。いつのまにか我が家の庭に向かっているおばさんを追いかけようとするが、戻るのが困難なほど玄関の外は急傾斜で、しかも玄関のまわりにある棚につかまると、オロナインの白い瓶などがどんどん下に落ちて行く。こんな環境で育ったから、ここの娘は特殊な反射神経をもった運動選手になれたのだ、と思うが、しかしなんの競技だったか思い出せない。

(1999年11月15日)