selection: 選集

坩堝コーヒー

ホテル最上階の部屋を予約したのだが、部屋の準備がまだできていないとフロントに言われる。仕方なく、コーヒーを飲んで待つことにする。ロビーには車体が青磁でできた自動車が停まっている。ところどころひびが入り、ひびに汚れが沈着し、車がかつて公道を走っていたことを思わせる。

僕は白いデミタスカップに錫(すず)を融かし、錫が固まらないように小さい火で底を炙りながら部屋の準備を待っている。

(2014年3月29日)

靴蹴り川

阿武隈川の河川敷に履き捨てられた無数の靴を、何人もの若者が上流に向かってゆっくり蹴り飛ばしながら移動している。あおいきくさんの実家を後にして、月明かりも街灯もない真暗闇の田舎道を川に向かって降りてきた僕たちは、いきなりその一群に出くわした。仲間の一人が、驚いた拍子に若者の一人を射殺してしまった。若者たちはいっせいに隠し持っていた銃を僕たちに向けるが、引き金を引かない。そのかわり、靴を上流に蹴り飛ばす人の流れの一部になれと迫る。

(2014年3月26日)

昆虫食の妖精

近所一帯が、万博会場になる。空き地がないので、民家の屋根より高いところに広大な板張り広場が設置される。おかげで、自分の部屋の窓からひょいと軒を伝って万博広場に出ることができる。昼寝をしていると、布団の傍らで大西瞳とパニックさんが万博企画の打ち合わせをしている。
万博広場にはところどころ桟橋がある。はるか眼下に、地上の池が見える。ケータイを見ながら歩いていると、気づかぬうちに欄干のない狭い橋を歩いている。
板張り広場から池に降りる螺旋階段に、羽虫を口に吸いこむ女の子がいる。彼女は妖精のようだが、昆虫食はこの万博のテーマでもあり、だから彼女はコンパニオンの制服を着ている。コンパニオンの妖精は交尾中の赤い糸トンボの片方をすっと吸いながら、もう片方のトンボを吸ってみないかと僕に勧める。ためらっていると「これはツナの味がするから」と言う。

(2014年1月29日)

イーノのオカルト

水越伸さんが、発酵中のパン種をビニール袋に小分けにして持っている。テーブルに置かれたひとつに手を伸ばすと「だめだめ膨らみかけたところだから」と制止される。パン種のひとつを割ると、ブライアン・イーノにつてい書きかけた原稿が開く。「イーノって音楽のほかに何してた?」と訊くので「CGやってたかな」と言いかけると、jaiさんがひとこと「オカルト」とこたえる。

(2014年1月28日)

シュレーディンガーの猫

8階の部屋でインタビューを受けている。カメラは向かいの建物に三脚を立て、望遠でこの部屋を狙っている。僕は、窓際に立つインタビュアーのイタオに「人間は視覚的に未来を見るが、猫は未来を見るために手を動かす」と話している。
8階に猫はいない。真上の9階には猫がいる。それを一発で撮るためにカメラを外に設置したのだ、とイタオが言う。
僕は8階にあるロボットの下半身を、どうにかしないといけない。9階に上半身があることを、僕はカメラの映像を見て初めて知った。下半身が動き出す前になんとか始末をつけないと、このロボットは自分の手を探し出してしまう。

(2014年1月17日)

穂高の見える道

実家の界隈には、道に白い盛り土をする習慣があった。久しぶりに帰ってみると、道がどこもかしこも屋根より高くなっている。こんなになるまで長いこと帰ってなかったのか。高い白土を歩きながらふと遠方に目をやると、紫色に山肌のえぐれた穂高が見える。

(2013年11月24日)

小鳥と暮らす

小鳥と話ができるようになった。鳥の記憶モデルを知ったためだ。小鳥は、冷たいくちばしを僕の下唇に押し付けながら、興味深げに顔を傾げ、歯が段々になっていると言う。きみもいつかこういう歯が生える、と小鳥に言うと、それは気休めだと言う。家に帰ると、鳥は一目散に水槽へ向かい水浴びをするが、勢い余って水槽の外にはみ出してしまう仕草が愛おしい。その光景を見ている家族が、お前は鳥と仲良くしているときは気づかないだろうが、人と話をするときは顔についた白い軟膏のようなものを洗いなさい、と言う。近所の葬式に行くため礼服に着替えていると、どんなに立派なことを言っても、立派な喪章をつけていかないと意味がない、と言われる。

(2013年11月12日)

軽気球実験

一人乗り気球を使って、子供たちを遠足に連れて行く準備をしている。頭上にある直径1mほどの気球は、ぎりぎり地面から足が離れない浮力に調整されていて、軽く地面を蹴るだけで数メートルジャンプできる。海辺の宿から山の麓を経て山岳地帯まで、軽々と登ることができる。高い崖から飛び降りても、ふわりと着地する。
実験段階のこの乗り物を、いきなり子供たちに試すことになる。彼らは、気球を調整する手綱を手に結ぶことができるだろうか。綱を太ももにかける輪は、ステンレスワイヤをかしめて作ったほうが安全ではないか。崖に到着する前に日が暮れないように、時間を前倒しにしたほうがよくないか。
などなど、いくつも課題を書きだしている僕を見かねて、見学にきた母と妹は計画を練り直したほうがいいと言う。では車で宿まで送ってくれと妹に頼むと、その「軽気球」で帰ればいいじゃないかと言う。なるほどと思い、ふわふわ街の中を移動しはじめると、この乗り物にブレーキがないことに気づく。

(2013年11月2日その2)

天使が通る音楽

プロコフィエフ作曲「圏外のための弦楽合奏曲」が、古民家の四階にある居酒屋で演奏される。卓に貼りつけてある解説シートには「楽譜に明示されていない和音を聞くための音楽」と題されたテキストと、アンテナの立っていない圏外マークが印刷されている。
黒光りする板の間で、黒服の奏者たちは車座になって演奏を初める。ヴィオラを弾く脳科学者は、ひとりだけ普段着のままだ。声をかけると、演奏のじゃまをするなと目配せで答える。
飲み屋の客たちは競って大声で会話するので、音楽が聞こえない。大声で逢引きする密会中の男女もいる。名刺大のレジ袋を差し出してきたプチプチの川上社長に、大げさな身振りでお礼をかえす。袋の中を見ると一万円札風のイラストが入っている。
ふとすべての会話が途切れ偶然訪れた数秒間の静寂に、弦の残響のような音楽が初めて聴こえた。

(2013年10月30日)

粘土戦争

中華料理屋の二階に、粘土頭の侵略者たちが刻々と迫っている。僕は藍色の子供を抱いて、滑り台の浅い溝に身を隠している。仲間たちは京劇の楽器を鳴らして粘土頭たちを威嚇しはじめたが、しかしいずれは捕えられ、頭を粘土に挿げ替えられることを覚悟しはじめている。僕はその子供を連れて押入れの奥に逃げ込むが、粘土頭の王(わん)さんに見つかり、私はあなたがたをかくまうから声を出さないでそこにいるように、私はみんなからお父さんとよばれているから、と言われる。
数年の後、久しぶりに藍色の子供が声を出すと、遠くから「その声は民枝か」という夏ばっぱの声が返ってくる。中華料理屋のテラスでは、粘土頭と講和を結んだ首相を仲間たちが囲み、不平等条約を糾弾する声をあげる者もいる。

(2013年9月26日)

バイオアート

久保田晃弘さんの講義に遅刻して潜入し、空いている最前列の長机に座ると、いきなりビーカーに入ったオタマジャクシ状の塊を渡され、コンピューター内の変換表によって蛙にする方法を考えろ、という課題を出される。隣に座った二人の女子はリス語で相談を始めたので、それを真似て会話に混じろうとすると、豚肉を食べてる人はどうしても発音が濁る、と言われる。

(2013年9月18日)

ガラスアイコン

宮原さん最近どうしてる?と訊かれて、TwitterやFacebookで宮原美佳を検索するが、エリアごとに違う検索をするのが面倒なので、宮原さんをガラスキューブに置き換えて各SNSに配置することにした。ガラス面に描かれたエナメル絵具の顔は、厚く塗り過ぎて顔に見えない。「ガラス絵は裏面から見ないとだめですよ」という宮原さん自身のコメントがガラス面についた。

(2013年9月16日その2)

貨幣論

草原さんの代役で小学校の教壇に立つと、机の面が自分の背よりも高く、小学生の顔を見るためにいちいち懸垂しなくてはならない。初回の授業なのにゲストで呼んだ物理学者を紹介しなくてはならず、いきなりそれはないだろうということで生徒に「力(ちから)ってなんだろう」と質問を投げかけてみると、小さい丸眼鏡のイルカが「相手の気持を考えないでも物々交換ができる仕組み」だと答える。

(2013年9月16日その1)

カツオの身投げ

デパート屋上にある側溝を猛スピードで駆け廻っているカツオが、勢い余ってフェンスを乗り越えそうになる。網の上端で危うく堪えている魚を救出しようか迷っているうちに、カツオはしだいに外側へ傾き、駅前広場めがけて落下していく。

(2013年9月10日その2)

縄文式寺院

洪水にのまれた寺院の修復をしている。天井から吊るされた天体を、屋上のハンドルを回して動かし、日蝕を作っていると、従姉の娘たちである洋子と文子が遊びに来て、ここで縄文時代の生活をしたいと言い張る。現代の食器を使わないでメシを食うのは、一度ならいいけれどずっとは嫌だよ、と言うのを聞いているのかいないのか、この子たちは瓦礫から集めた仏像を燃やして土器を作りはじめた。

(2013年9月7日)