猥雑な古本屋に布団を敷いて、赤い下着で女と寝ているところを母親に起こされた。気まずい空気のまま和装の母はどんどん老舗の料理屋にわれわれを導き、乱雑な卓のひとつに座らせると、そのまま自分は姿を消してしまった。客が入るたびに卓は隅に追いやられ、料理も来ないままほとんど座る空間もなくなってしまうので、これはどこがおかしいと席をたつ。料亭からの帰路、割烹着のまま歩き煙草を始める母を見て、この母を演じている女は女優としてどこか間違っていると思う。
rhizome: 食堂
ロケットランチ
東洋大学の学食はシステムが複雑すぎる。トレイに料理を載せ、お金を払うまでに何度も躓いてしまう。馴れている稲垣さんはとっくに食事を済ませ、休憩所で昼寝をしている。頭上を日立製作所の試験線路が走るベンチに陣取り、食事を始めると、ロケットエンジンで走る試作車両が豪速で走り抜け、そのたびに液体燃料タンクに付着した氷が解けて昼食トレイの上に冷たい水滴を落としていく。
孤独なオフライン
ホテルマンの森田が彼自身の自腹三千円を足してまで用意した宴会場にたどり着くと、テーブルに嵌め込まれた生簀になみなみと張られた油の中で、マグロほどもある大きな鰯が素揚げされている。
せっかく特別な席が用意されているというのに、仙台のグループは運ばれてくる上等な料理を放置したまま二階の箱席で密談をはじめてしまった。ネットで知り合った仲間たちは、リアル空間での協調性がまったくない。テーブルをはさんで座った女の首から乳房にかけて広がる静脈の河川地図に見とれていると、あなたの下の句は発情したオスのように原発を肯定している、と糾弾される。小便を漏らしたので自宅で着替えてきたという別の女は、間仕切りに残した粗相の痕跡を隠そうとするが、逆に誇示しているように見えるのは、それがマーキング行為だからか。仲間たちはかくのごとくばらばらで、集団としての統一を欠き、そのうえ一般客も混じっているこのフロアで挨拶をはじめると、どう笑いを取ろうとしたところで狂人の演説にしか見えない。僕はなげやりになり、精緻なステンレスメッシュで包まれたガラス玉をバネで弾いてバスケットに入れるゲームに興じ、短時間でかなり腕をあげた。
記憶捏造
帰り際に男が硬く手を握りながら、潤った目に「またしよう」という意味をこめている。いや僕には心当たりがない。この男は間違いなく頭が変なのだが、しかし自分の記憶が変である可能性も却下しきれない。
大衆食堂の升席に設置された木の湯船につかり、閉店時間間近で熱い湯が止まってしまうのに、僕はすっかり水でうめてしまい、後ろめたい。このぬるい湯に今から入ろうとしている男がいて、彼はこのあと食堂のホワイトボードを使って捏造される記憶に関するプレゼンをするのだと言う。
ストリートチュードレン祭り
竹内郁雄氏一行を乗せたトラックの荷台に乗りそこねてしまったため、僕はひとり遅れてレストランにたどり着くと、彼らはすでにテーブルに直接拡げた食い物を手で掬い上げては頬張りはじめていた。ここは皿とテーブルが、まだ分節化していない。
外は海外のストリートチュードレンを日本に紹介する祭りの最中で、切り立った斜面に挟まれた道は、招待されたにしてはあまりに多すぎる家のない子供たちであふれている。足をぶらぶらさせながら土手に腰掛けている少年たちが、笑いながら手を振っている。
星座作用マンション
星座作用の埋め込まれたマンションに、吉川ひなのと暮らしている。茫茫と草の生す湿った中庭が建物の二階の高さにあり、それをとりまく各部屋は、自分の部屋以外はすでに廃屋となって誰も住んでいない。一階エントランスの壁には、割れた土管や趣味の悪い額縁、錆びた機械など、意味のないものが埋め込まれている。吉川ひなのと、マンションに付属したレストランで飯を食いながら、星座を埋め込むために住みやすさをどこまで犠牲にしてもいいものか、議論している。
船を積み重ねたレストラン
川の中州にある高層レストランは、船が堆積してできている。船は積み重ねるのに適した形をしていないために不安定で、階を上がるごとに傾斜が蓄積して揺れも大きくなる。河合奈保子さんといっしょに登りながら、ここまで登って来られたのは彼女がみんなにたくさん笑顔をふりまいてくれたからだ、と感謝の気持ちが沸いてくる。最上階の船までたどり着くと、はるか地上の川面がきらきら輝いている。平らであるはずの甲板は、揺らぐたびに曲面に見える。波打つ斜面を滑り台のように滑るのが楽しくて、せっかく登った高度をすっかり無駄にしてしまった。
アクリル水着
大きなレジャーセンターの大食堂で、白い丸テーブルを囲む白い椅子に座っている。貸し出し用の水着は、透明アクリルの立体造型で、中に布製の水着を挟み込んでいる。他人が使っていてもこれなら気持ち悪くないね。傍らのSamとそう話してはいるものの、硬いアクリルが股にへばりついて気色悪い。Samは、ごわごわする胸のアクリルを外して、赤くなってしまった皮膚を見せてくれるのだが、ここで乳首を出したらみんな見るじゃないかと、僕はひとりで焦っている。
海を臨むマンション
まさか住み慣れたマンションに地下があり、しかもそこにRが住んでいるとは思いもよらなかった。プールの底がガラス張りで、そこを天窓とする地下にもうひとつプールのある部屋がある。光がこぼれ落ちる二重底プールが隠されていたのだ。
「隠すつもりはなかったんだけど」と、彼女が開けた窓から海が垣間見える。ああ、海沿いの崖を登ったときに見えた窓はここだったのか、と納得する。
厨房の勝手口で、コックが「魚お造りしましょうか?」とRに声をかける。長年住んでいるが、このマンションに食堂があり、こんなサービスがあることを知らなかった。食堂で中庭のおしゃべり女たちに混じって食事をとる。ここで食事をとるのも、もちろん始めてだ。常連たちの視線がRと僕に注がれる。オマール海老を剥いていると「そろそろ出発の準備しないと」とRに促される。
着替えるために二階の自分の部屋に戻ると、新聞勧誘員の清水と名乗る男が待っている。清水は、これから階下で始まる出発の儀式のために正装を用意したと言う。これを着て「海ゆかば」を歌いながら出発してくださいと言う。僕は年齢的にも思想的にもそういうことはしないのだと言いながら海軍将校の軍服らしきものを手にとると、それはジャージで、背中にジャイアンツのマークが入っている。
一階の入り口にはたくさんの人が集まっていて、この事態に困惑するRの顔も見える。小学生たちが駆け寄ってきて、あんざいさんの生まれた家を知っている、と言って指さした指の先からジグザグの光線が描かれ、光線の先をたどると確かに中台の実家の勝手口に届いている。現在そこには、見知らぬアル中の主婦が住んでいる。アル中女は、おぼつかない手で握ったコップの酒をぶちまけてしまい、酒は窓に張り付いた野生の海老にかかる。遠赤外線ストーブの熱がガラス越しに海老に当たり、酒蒸しになった海老がしだいに良い匂いを放ちはじめた。