rhizome: 機械

蘇生しそうな機械

駅前に廃棄されていたといって3本の黒い柱を勇樹がもってきたので、柱の中に顔をつっこんでみると、いろいろ配線が外れているものの、赤いボタンを押すとプリンタが動き始めたり、弛緩していた織機が糸を張ったりするが、何ができて何をしようとしているのかわからない。

勇樹は、ブロアで舞い上げた彼の息子の衣服をコンクリートの壁面に投影している。赤ん坊が宙で遊んでいるように見える。

(2018年6月24日)

実物サンプル付きメニュー

夏っちゃんが語る恋人の話を聞きながら歩いていると、いつのまにかビロード織の内装が施された特別な車両に迷い込んでしまう。NTTに平衡感覚を乗っ取られて歩行が誘導されているためだ。コントロールのリンクを外して脱出すると、今度は工作機械に囲まれてどこにも通じない通路に嵌ってしまう。自分の意思でこの結果なら、他人まかせにしたほうがまだましだ。スチールワイア工具一式が入ったコンテナを避け、通路を開けて食堂に入り、おばさんに今日のおすすめはなにかたずねるとメニューを渡される。メニューのそれぞれの項目に、サンプルがセロテープで貼りつけられている。サンプルの影で料理の名前は見えないが、アルファルファのひとつまみにすりおろした林檎を和えたこの一品は、絶対に旨いはずだ。

(2017年4月23日)

マゼラン雲銀座

上板橋の南口銀座からは、南半球でしか見えないマゼラン雲が見える。南口銀座の中ほど、おでん種の店で売られているゆで卵は、見た目よりやや青白くデジカメに写る。スペクトルの青方偏移を見るためにフィルムを装填したいのだが、デジタルカメラの裏蓋を開ける機構がどこに隠れているのかわからない。古書店の廉価本コーナーに座っている釣り堀のおやじは夕焼けを眺めながら、いつものおかしな息継ぎもなしに「マーラーはこの曲がり角でときどき火事に出会う」とつぶやく。

(2012年10月18日)

悪い機械

散乱するマットに何度も飛び込むうちに、ふと落下寸前で飛行に転じる力の入れ方を習得した。ぐいぐいと高度を稼いで、体育館の天井までたどりつく。体育館の屋根裏に住み着いて仕事をするnishinoさんらしき男と机を並べ、僕は自作のラジオを聞いている。男が作ったアルミ製の節足動物型多関節ロボットを訪ねてきた小林龍生が目ざとくみつけ、なかば冗談でリンゴを与えると、多関節ロボットは頭部の触角で幾度か対象物を探索する動作をしたあと、いっきに体ごとリンゴ内部に侵入し、果実を液化して吸い尽くしてしまう。その邪悪な光景に興奮した小林は、ロボットの腹をぐいとつかみアルミ製の頭を壁に打ち付けると、火花が飛び散り燃え始めた。

(2012年7月8日)

気遣い小学校

小学校の国語の授業を担当することになり、先生方と打ち合わせを始める。背後の窓際に眼をやると、陽射しの中でSamは胸をはだけたまま居眠りをしている。先生たちは、それをずっと見ていたはずなのに、誰ひとり指摘する者はない。そういう気遣いは誰のためにもならない。寝ぼけたSamを膝に引き寄せて、乳房が股にあたるのを感じる。
隣の部屋に設置された蒸気式の機械に、職人たちは枕の大きさもある餅を無造作に投げ入れる。餅には木屑などが付着しているが、餅は十分に大きいので、表面を削って内部だけを使ってもちゃんと結果は出力される。餡子をたっぷり包み込んだ柏餅をひとつ、頂戴する。

(2008年2月28日)

播種装置

いつもきみたちのところで飲んでいるのは申し訳ないからと、杉山先生が鶴川にある自分のマンションに招待してくれると言う。僕はそれを、相模なんとかという駅で聞き、さてどうしようか迷っていると、着替えなどは以前ロッカーに置いたままだから、とRがキオスクの従業員用の扉を開ける。そこには見覚えのある靴やシャツやバッグがかかっている。そういえばここ何年か見なかったのは、ここに置いてあったからか。
相模なんとかという駅は終着駅で、やけに巨大な先頭車両が、線路終端のコの字ホームに入り込んできたところだ。黒人の運転手が声をかけてきて、この機械のわかりやすさを実証するために、いくつかインタビューしたいと申し出る。僕は彼の説明を聞きながら実際に鉄の塊を操作してみるが、回転数の設定はレコードプレーヤーとほぼ同じ目盛に、特殊な速度を上書きしただけなのがバレバレだ。この鉄の塊は、実は種まき装置なのだ、と黒人がこっそり告白する。

(2007年7月2日)

ThinkPadの川海老

ThinkPadの深いディレクトリに、ここで見せるべきプログラムが入っているにもかかわらず、その起動方法がまったく思い出せない。ディレクトリを一段降りていくたびに、記憶が朧げになる。なかばやけになって、キーボードの下にあるもうひとつの蓋をあけると、小箱のような水槽から川海老があふれてしまっている。いくつか手で掴んで戻すが、ほとんどは動きもせず死んでいるようだ。こんな作りじゃ、鞄の中で水がこぼれてしまうじゃないか、と、いい加減な設計者に対する怒りがこみ上げてくる。

(2005年10月11日)

星座作用マンション

星座作用の埋め込まれたマンションに、吉川ひなのと暮らしている。茫茫と草の生す湿った中庭が建物の二階の高さにあり、それをとりまく各部屋は、自分の部屋以外はすでに廃屋となって誰も住んでいない。一階エントランスの壁には、割れた土管や趣味の悪い額縁、錆びた機械など、意味のないものが埋め込まれている。吉川ひなのと、マンションに付属したレストランで飯を食いながら、星座を埋め込むために住みやすさをどこまで犠牲にしてもいいものか、議論している。

(2005年7月18日)

アナログカメラ同好会

ビルの一フロアに匹敵するほど広いエレベーターがたどりついた階は、ゴザを敷いて陣取りをした花見客や家族連れが寿司詰めになっている催事場で、子供たちは福袋の棚に神経を集中させ、大人たちは軽快な音のする機械式シャッターを空押しして、旧式のアナログカメラを自慢し合っている。場違いであることはすぐに了解した。僕の胸に下がっているのはニコンの最新のデジタルカメラで、ここは古いアサヒペンタックスの同好会なのだから。いまさらなんでこんなレトロなカメラなのかと、ややあきれた気持をいだきながら、デジカメを悟られまいと隠しつつ前を見ると、会長と思しき老人がしゃべりながらうずくまって眠ってしまう。聞いている人々も大半は眠っていて、会長の突然の睡眠を奇異に思う人はいないようだ。レトロな同好会なのだから、これも仕方ない風景だ。

(2002年2月10日)

Interwallマシン

男が本屋の紙袋にかさこそと軽い音のする何かを入れて差し出し、ここはひとつ泣いてもらいたい、と回りくどい言い回しをする。袋をいくらかで買ってほしい様子。中身はどうせ本の付録にありがちな二つ折りの段ボールだろうが、そんなこと言わずにお客さん、これを買ってくれたらもれなく差し上げたいものがある、と言って取り出した掌に収まる円盤型の電子機器はフィリップス製で、表には小さいレンズ、裏には各国語の説明書き。そこには「陣地」やら「撮影」やらの日本語が見える。これはおそらく小さいInterwallマシンなのだろう。いつのまにか技術を出し抜かれて焦る気持を抑えながら、財布から小額紙幣をかき集めて三万円を作るのに苦労する。

(2001年7月8日その2)