川べりの学校で、小学生の根岸兄弟が鉄棒をしている。蹴上がりができるか、と聞かれ「できたとしても体中痛くなるからやらないよ」と答えると、根岸弟は小学生の身体でするりと蹴上がり、そのまま前に回る拍子に肛門から魂を落としてしまう。根岸兄がそれを拾い、売店のおばさんになんとかしてもらおうと言って二人で駆けて行った。
川岸の断崖に、緑色の雲母でできた足場が飛び飛びに突き刺さっていて、そのうちのひとつがたわみきれずに折れている。抜けた足場をひとつ飛び越えるときだけ、対岸の学校が一瞬目に入る。
川べりの学校で、小学生の根岸兄弟が鉄棒をしている。蹴上がりができるか、と聞かれ「できたとしても体中痛くなるからやらないよ」と答えると、根岸弟は小学生の身体でするりと蹴上がり、そのまま前に回る拍子に肛門から魂を落としてしまう。根岸兄がそれを拾い、売店のおばさんになんとかしてもらおうと言って二人で駆けて行った。
川岸の断崖に、緑色の雲母でできた足場が飛び飛びに突き刺さっていて、そのうちのひとつがたわみきれずに折れている。抜けた足場をひとつ飛び越えるときだけ、対岸の学校が一瞬目に入る。
押すように雨の降る安達太良山中で、竹の姿をした二頭の牛を導き、いっきに駆け下りようとする途中、一頭は脱落して見失い、もう一頭は急な段差に怖気づき固まってしまう。もう先頭を争うこともないから、と優しく肩を貸してやると、竹は肩に足をかけて奮い立ち、阿武隈川を目指して駆け下りていった。
女たちは病院の患者のように決められた服を着せられ、見え隠れする恥部や乳房を隠そうともせず、エレベーターAから別系列のエレベーターBへと乗り移っていく。
エレベーターの箱の奥にあるもうひとつのドアから、このビルのオーナーと思しき車椅子の女が、ほとんど人間の体をなさない崩れた塊として現れる。その箱の天井の上に紛れ込んだ僕は、ふわりと金属ワイヤをあやつり、なんとか建物の外に出ることができた。
ビルの傍らを流れる川には、夥しい都市の残滓が流れている。この風景はすでに何度もリプレイされているし、これからも繰り返されることがわかっている。
積雪で通れなくなった川越街道の雪が、氷河のようにゆっくり動いている。ここは快晴だが、上流の大雨で決壊した石神井川の水が氷の下部に流れこんでいるためです、と、駆けつけたそらのちゃんが淡々とustream中継している。
張りめぐらされた地下鉄の暗いトンネル網には、澄んだ水が流れている側溝がある。魚が遡上できるようになっているのだと言う。ふと乳輪の薄い乳房が浮いているのを見つけて、手ですくいあげてみる。
川の中州にある高層レストランは、船が堆積してできている。船は積み重ねるのに適した形をしていないために不安定で、階を上がるごとに傾斜が蓄積して揺れも大きくなる。河合奈保子さんといっしょに登りながら、ここまで登って来られたのは彼女がみんなにたくさん笑顔をふりまいてくれたからだ、と感謝の気持ちが沸いてくる。最上階の船までたどり着くと、はるか地上の川面がきらきら輝いている。平らであるはずの甲板は、揺らぐたびに曲面に見える。波打つ斜面を滑り台のように滑るのが楽しくて、せっかく登った高度をすっかり無駄にしてしまった。
数ヶ月後の死を宣告され、川の上流のとある自転車修理工場で働いている。どうしてそんな暢気でいられるの、と工場の女に声をかけられる。平静は装っているだけで、今になって思えばあんなにビールをがぶ飲みするんじゃなかったと後悔もするさ。
旋盤のチャックの形をしたディスクブレーキの新技術に対応するための講習会があると言うので、出かけることにする。それを習いはじめても、数ヶ月で習得できなければ無駄になる。死を宣告されながら無駄を承知で新しいことをするのは、いずれ死ぬのに生きているすべて人々と同じことだ。そういう金言がどこかにあったか、あるいは今思いついたのか、どっちにしてもその通りだと思いながら、下流の講習会場へと自転車を走らせるのだった。
自転車で地下から地上へ、さらに坂を登りどんどん高度を稼いで川を一望する長い橋の、さらに吊り橋を吊る柱の頂上まで来てしまった。一気に登ったものの、さてどうやってここから降りるのか、降りる怖さを知らないで登ってしまう山の初心者のように足をすくませながら考えあぐねていると、未成年の男女が高所で言い合いをしている。こんなくだらない話題でよくもそんなに真剣になれるものだ、と嘲笑しているつもりたっだが、うかつにも女の語調に巻き込まれ号泣している自分が照れくさい。
山岳地帯を奥へ分け入っていくと、突然その村は現れた。岩を切り出した広い溝に、木の皮で作った幌がかけてあり、幌の下に「何か」がたくさん保管されている。あやうく幌に足をかけ、中の「何か」を踏みつぶしそうになると、「何か」はそこで生活しているたくさんの人の頭であることがわかる。こんな暮らし方もあるのか、と声を漏らすと、この村には雨ざらしの岩の上で手足を縛られて暮らしている女たちもいる、と幌の中の誰かが説明を加える。
山を降り、いつのまにか急流に囲まれた畳岩の上に取り残されている。まるで雨ざらしの女たちのように、身動きがとれない。カウボーイ風の父親が畳岩に這いあがってきて「さてわれわれは何を食って生き延びようか」と言う。父は川の中に手を差し入れ、そこに生えているあけびのような実をもぎ取った。
「これは食えるだろうか」と父。さあ、どうだろうと答える前に、父はすでに美味そうに頬ばっている。
ふと、あけびと同じような形をした黒い動物が、すばやい動きで川の中から近づいてきて股間に貼りつく。それは払いのけても数十秒もするとまたやってきて、同じように貼りつく。父の股間にも、同じ種類の黒あけびが貼りついているが、父は「俺は放っておく」と、まるですっかりおなじみの事態であるように、相変わらずあけびを食い続けている。そんなものかと思って自分も放っておくと、睾丸の袋までしっかり取りついたそれは、じわじわと養分を吸い出しはじめているようだ。
家の南側に庭を造ったものの、腑甲斐ない父親は今になって隣人への挨拶をためらっている。工事してしまった後でなんて言ったらいいのか、などと口篭もっている。まったくしようがないから俺が行ってくる、と着替えをして出かけようとするが「半ズボンはやめなさい」と母親。脱ぎ捨ててあった作業服をとりあえずはくと、工事担当者に「性感帯に気をつけて」と言われる。気持の悪い男だ。
隣人宅の玄関は不自然な急勾配の上にあり、引き戸をあけると待ち構えていたようにおばさんが奥の座敷で「どれ、見に行くか」と立ちあがる。何か一言挨拶しようとするのだが、この家の床はちょうど僕の鼻あたりの高さで、しかも床から川のように水が流れてきて、口を開くと危うく水を飲みそうになる。いつのまにか我が家の庭に向かっているおばさんを追いかけようとするが、戻るのが困難なほど玄関の外は急傾斜で、しかも玄関のまわりにある棚につかまると、オロナインの白い瓶などがどんどん下に落ちて行く。こんな環境で育ったから、ここの娘は特殊な反射神経をもった運動選手になれたのだ、と思うが、しかしなんの競技だったか思い出せない。
修学旅行のバスは、休憩所に着くたびにみな揃って降りるのが面倒だ。このバスはしかも飛行機なのだから、トイレだってちゃんと機内にある。着陸時に目に入った色とりどりの小箱のような町並に心を引かれながら、しかし小箱に分け入って写真に収めてくる時間のゆとりもこの休憩にはないことだから、僕は降りずに機内から窓の外をぼんやり眺めていた。
窓のほぼ真下にある水溜りのような淀んだ小川に、ピンク色の猿の死体がいくつか、うつ伏せで浮いている。大きさは、おそらく掌に乗るほどだろう。ふと元気のよい生きた猿が、ファインダーの外から飛び込んできて、瞬く間にフレームの外へ過ぎ去った。
久しぶりに会う蒼井さんとの待ち合わせに30分遅れてしまう。すでに来ているMがそれを咎めるが、どうしたってこの時間より早く着くことはできないので、咎められたことに憤慨する。蒼井さんが皮肉っぽく「20年前とまったく変わってない。変わったのは散髪したことぐらい」と言う。僕は、頭にきて帰ってしまうことにする。捨てぜりふに「散髪だけ残しておきたいところだ」と言うが、意味を理解してもらえない。
駅のホームで、Mが追いかけてこないかと人影を探しながら、しかし滑り込んできた電車に乗ってしまう。この電車は都心から離れる下り列車だが、大回りして都内に帰宅するルートを僕は知っている。ところが、あるところでこの車両だけ切り離され、路面を走るバスになった。分岐する車両があることは、なんとなく知っていた。しかし、この方向では家からどんどん遠くなるばかりだ。どこかで降りなくては。同じ間違いをした乗客が、あちこちでそのことを話している。遠くに見える見慣れない山のことや、この方向に知っている会社があることなど。
気がつくと、バスが川の濁流に浮いている。電車でもありバスでもありそして船でもあったことに、みな驚嘆している。しかし、バスは思うように進んでいないようだ。しかも、だんだん横倒しになってきた。不安になって運転手に「大丈夫なんだろうな」と言うと、太ったイタリア人の運転手は胸毛に覆われた上半身をあらわにして笑いながら、「あんた、どうにかしてよ」と言う。
そこは意外なほど近所なのに、いままで見たことのない谷あいの暗い道沿いある。有刺鉄線で囲まれた釣り堀に鮭が放流されていて、手掴みで鮭をつかまえる人で賑わっている。
僕はそこに鮭を捕りに来た。もうずいぶん遅い時間で、客はどんどん帰っていく。僕は水深が気になっている。係のおじさんが二人、運転免許証があるか、とたずねる。僕は免許をもっていない。今日はしかたないから入れてあげよう。
彼らはなにかを待っていて、それが来るまで僕は入れてもらえない。彼らと世間話をするのが、しだいに苦痛になっている。しかし愛想を保ちながら、彼らが堀の内面に作った透明な壁の話などを、感心しながら聞いている。どんどん暗くなって、どんどん客が少なくなる。