最上階まで吹き抜けになったコンクリートの内壁に、ところどころ抉られた窪みがあり、人が嵌って本を読んでいる。よく知っているはずの建物なのに、この眺めに見覚えがない。水越さんに電話してみると、そこは同じ情報学環でもドメインが違うと言われる。自由落下式のエレベーターで地下まで降り、そのままJの字を描いて隣の吹き抜けに飛び出る。
床いっぱいに広げたロール紙に、何人かボールペンで絵を描く人がいる。それぞれ自然界の何かになり、紙の中にそれを描いていく。それぞれの役割に入出力があり、他のインプットに向かって矢印をつないでいくのだと鳥海さんが言う。僕はイワシであることを宣言し、群がるイワシをいくつも描いた。それぞれのイワシから出る矢印をクジラの目につなぐと、鳥海さんが意外そうに「目なんだ」と言う。
rhizome: 最上階
屋上が一階
谷通りに面した建物の一階から、螺旋階段を昇り、階ごとに色の違う店(黄色い泥を壁に塗った店、青い粉を詰めたタッパーを無数に積み上げた少年の店、白いブランクの店)を覗きながら最上階にたどり着くと、再び一階の表示がある。崖に沿って建つビルの最上階が、ちょうど高台の地上の高さだからだ。
山の一階から再び谷の一階に降りるために、建物の屋上へ戻ろうとするが、崖と屋上の隙間が広すぎて、谷底を見ながら跨ぐことができない。
屋根裏展示場
土曜日の短い授業を終え、小学校の階段を上がっていくと、上の階に行くほど階の面積は狭くなり、最上階は小さい屋根裏部屋になる。藤田という女性が、そこで展示の準備をしている。藤田さんは昔P3で会ったと言うが、まったく覚えがない。和紙の一片に好きな模様を描き人形に貼ってほしい。そうやって多くの人が作くっていく作品なのです、と言う。屋根裏部屋へは階段で来たはずなのに、降りる階段はなく、穴から階下に飛び降りるしかないようだ。紙辺に無数の十の文字を書き、人形のうなじに貼る。
坩堝コーヒー
ホテル最上階の部屋を予約したのだが、部屋の準備がまだできていないとフロントに言われる。仕方なく、コーヒーを飲んで待つことにする。ロビーには車体が青磁でできた自動車が停まっている。ところどころひびが入り、ひびに汚れが沈着し、車がかつて公道を走っていたことを思わせる。
僕は白いデミタスカップに錫(すず)を融かし、錫が固まらないように小さい火で底を炙りながら部屋の準備を待っている。
歯呼吸
デパートの最上階にある高級テナントにしては、この中華料理屋は怪しすぎる。中村理恵子はオーナーらしき男におすすめの料理を尋ねながら、彼の歯を覗きこむと、歯茎までめくりあげたオーナーの前歯に鼻腔のような穴が二つあいていて、ここから息ができるのだと言う。中村が「あんたは埋めても死なないね」と言う。
目白台高原喫茶
内田洋平と瀬川辰馬が、それぞれ縄梯子の一段を補修パーツとしてビニール袋に入れて所持している。僕はこれから栃木の祖母に会いに行く。彼らはこれから日経ウーマンのプロジェクトが忙しくなるので、なかなか会えなくなると言う。それではどこかで茶でも飲もうということになる。
新宿から山手線に乗り、目白の坂を登るところで電車はロープウェイに切り替わる。目白の垂直に切り立った岩場には、蔦の密生する廃屋がめり込んでいて、彼ら二人はどうやら廃屋内部を梯子で登り始めたようだ。廃屋最上階にある崖っぷちの喫茶店に入り、箱と番号が一致しない下足札を渡され、濃厚すぎるウィンナコーヒーを立ち飲みしながら彼らの到着を待っている。
機械仕掛けの写真展
高速道路沿いに建つ高い換気塔の内部に入り、吹き抜けの最上階まで登る螺旋階段に展示された、おそらく今まで誰一人鑑賞したことのない写真をひとつひとつ見ている。作品を収集した日焼けした服部桂さんに名刺を差し出そうとするが、財布の中から見つかる紙片はどれも名刺のようで名刺ではない。服部さんはすべて理解しているからその必要はないと言うが、彼の浮かべる表情から、彼が実は理解を模倣した機械であることがわかる。額の中のプリントに焼かれた宙を落ちる人間の像は、コントラストや彩度が画像処理ソフトのように刻々変化する。この写真も機械の一部であることを僕は見抜いている。
二つの太陽
子供は部屋で古いデジカメをおもちゃにして遊んでいる。太陽が二つあり、まだ沈んでいない片方は宗教団体が作った人工の太陽で、電球色の表面に動画が仕組まれている。女は30日のパーティーのために、古い高層建築の最上階にある魚屋で買い物をしている。30日に来る男のために女が昂っているのを僕は知っていて、変わった生魚の切り身を前にしながら嫉妬で機嫌が悪い。子供がおもちゃのピストルで遊んでいる隣の部屋で、僕は女と二度目のセックスをしようとしているが、女の股間は○と×の記号が縦に並んでいるだけで、○をいくら舐めても彼女に次の発情がやってこない。多夫多妻を推奨する宗教のせいで、みんな気持ちが変わってしまった。ひとりの女にこだわる時代遅れの感情をどうにかしないと、いろいろなことがうまくいかない。いつのまにか帰宅した父が女と関係していることを僕は容認していて、しかし意外に若い父の勃起を目の当たりにすると、許せない気持が沸き起こる。女は次々と過去の恋人を自分の動画に重ねては取り替えている。相手が誰に定まるわけでもないのに、彼らが僕を話題にしながら裸体を重ねることを想像していたたまれなくなり、二つ太陽のある夕暮を散歩しようと自分の靴を探しはじめる。
木造合宿
高層の日本家屋は、築何十年になるのか誰も覚えていないほど年季が入っていて、あちこちの軋みが繰り上がって最上階に集まってくる。窓を開けると、はるか地上の広場に駐車してあるはずの車が、目の高さの蜃気楼として見え、薄もやに僕自身のブロッケン現象が影と虹を落としている。
夜の宴会で、ひとりだけ浴衣に着替えた茂木健一郎となにやら話をする。彼は、窓を十センチくらい開けて小便をしている。寝床に帰ろうと最上階の部屋へ行くと、部屋割りとは関係なく布団が敷いてあり、僕の部屋には大人用と子供用の布団が一枚ずつ。これは、どこかの家族に割り当てられたに違いない、と確信するが、子供用の布団にはすでにNHKの背の小さい人が潜り込んでいる。いくら小さくてもそこに寝てしまっては困る家族がいるのではないか。
船を積み重ねたレストラン
川の中州にある高層レストランは、船が堆積してできている。船は積み重ねるのに適した形をしていないために不安定で、階を上がるごとに傾斜が蓄積して揺れも大きくなる。河合奈保子さんといっしょに登りながら、ここまで登って来られたのは彼女がみんなにたくさん笑顔をふりまいてくれたからだ、と感謝の気持ちが沸いてくる。最上階の船までたどり着くと、はるか地上の川面がきらきら輝いている。平らであるはずの甲板は、揺らぐたびに曲面に見える。波打つ斜面を滑り台のように滑るのが楽しくて、せっかく登った高度をすっかり無駄にしてしまった。
苦しい下山
ほとんど崖っぷちを歩いているように見える桜日さんに、お願いだからもうちょっと真中を歩いてほしい、と無線連絡する。小高い丘の頂上か、高い建物の最上階か、僕は鳥瞰する位置からファインダー越しの桜日さんを見ている。心配になって、自分も彼女の位置までやってくると、そこは意外に安全なスロープのヌーディストビーチで、しかも照明もなく薄暗い屋内プールだ。僕は、この人と山を降りようとしている。
彼女は昨夜、空からたくさんの火球が降る中、家族連れの富士通の社員とこの山にやってきた。山を発つ前に一言挨拶がしたいと言うので、彼らの宿を訪ねると、案の定白髪交じりのその男は以前どこかで会ってどこかで飲んだことのある男だった。僕は、天候が不安定な山をどんどん彼女と降りてしまう。彼女は、LIFEの英語版と日本語版を持ってきて昨夜は一人で読み比べて過ごした、と言う。すると僕は、桜日さんへの甘い恋心が湧き上がると同時に、僕には連れがいて数時間後に山の上で大事な講演の予定があったことを思い出す。引き裂かれながら、言い出しかねて、山に戻るか降りるかの決心がつかないでいると、にわかに黒い雲が立ち込めてきて、これはやはり山に帰るしかない、桜日さんを落胆させるしかないのだろうと諦め、大事に取っておいた百五十二円玉をよけて小銭を出し、ケーブルカーの切符売りのおばさんから切符を手に入れた。
白熊に錠剤
巨大な白熊に追われている。マンションの中庭を徘徊する様子を、最上階から見ている。僕は、食パンのような、練りゴムのようなものの中に、白い錠剤をたくさん詰め込む。これで安心だ。襲ってきたら、これを投げつければいい。