そういえば最近飛んでなかった、などと言いながら部屋の天井まで空中浮遊してゆかさんの気を引こうとするのだが、忙しくてかまってくれない。医学生でない一般人のための人体解剖ワークショップが始まろうとしている。体育館の入口から何体もの死体が台に載って入ってくる。いくつものグループが待ち受ける。このチャンスを不意にするわけにはいかないが、このまま逃げてしまいたい気持ちもある。自分のチームはすでにところどころ赤や青に変色した男の死体にとりかかっている。前かがみに死体の腕を押さえつけた女の胸元から大きな生々しい胸が覗いて、これはどこかの小説で読んだ対比だと思う。死体に鋏が入ると、死体は痛い痛いと言って拒みはじめる。死んでいないのか。担当の医大生が「戦争でちゃんと脳死を確認しないと、こういうことがたまにあります」と言う。
selection: すべての夢
泥天麩羅
美術館でもらったきらきら光るお菓子を頬張るRの背中を追って、写真美術館の脇を道なりに進み深い坂を自転車でいっきに下ると、高速道路の縁の下に入ることを知った。めったに人も車もこないし、ぬかるんだ泥がたまっている。都市の地下にはまだまだこんなとんでもなく悲惨でおいしい被写体エリアがある。ときおり迷い込んだ車が、坂を降りて登るV字運動の底で、泥水のてんぷら衣をたっぷりつけて去っていく。
富山カンブリアン撮影
旅先の富山で、流れる雲の隙間から陽がこぼれる奇跡的な気象条件に誘われ、バスの仲間から離れて町をさまようと、剥げてめくれた塗装が躍る質屋や、バレーコートにだけ陽のあたる校庭の人影など、数えきれないほど不思議な写真を撮る夢を見ている。
ドキュメントスキャナの舟
ドキュメントスキャナの4階の客室にいる。底面は快調に滑りながら地面を読んでいるが、90分授業のはじめに最重要部分を過ぎてしまったので、後半をどうするか考えていない。高校の仲間たちと高速船で帰る。4階の高い視点から眺めると、沈殿した靄から高層の菌類が突き出して、見慣れた東京も別世界のようだ。今日見たいちばん幽玄な景色はここだな、と言いながら川俣たちと山水画の北区を過ぎる。4階から白いボストンバッグを引きずり下ろし、部屋にあった白いバスローブを着たままだったので、甲板のキャビンアテンダントに返す。
針金文字のペン
基礎デの寄せ書き的なプレートに、銀色インクのペンでメッセージを書く。すでに書かれた絵や文字の余白に書ききれなくなる。ペンの後端についたゴムで擦ると、いま書いた線の塊が針金になってまとめて移動できる画期的な文具に驚く。
燃えた犬と眠る
生まれて数日の、毛のふさふさした犬。彼といっしょに火のついた食事をしていると、火が彼の毛に燃え移って一瞬火だるまになってしまう。やけどを負った彼を抱いて眠る。
空欄つき自己紹介
西池袋の急な坂を登りつめたところにあるレストランで会食をしている。向こうのテーブルにあった牛蒡のウナギ巻きを食べ損ねたので、もう一度注文しようとすると、サイモン・ラトルの髪をした稲垣さんが入ってくる。僕が彼を紹介しはじめると、別の友人が別の紹介を始め、かみ合わない。稲垣さん本人が黒板にところどころ空欄になった文章を書き始め、空欄のまま成り立つ文なのだと言う。
抹茶ゲシュタルト
丸顔の非常勤講師が、野菜の入っていたネットを顔に近づけたり遠ざけたりしながら、こうすると丸みの本質を感じると言う。彼は、プレハブの二階にある教室に登ってきて、演歌などの音符を蜜や抹茶でくるんでグループ化するデモをはじめる。
実物サンプル付きメニュー
夏っちゃんが語る恋人の話を聞きながら歩いていると、いつのまにかビロード織の内装が施された特別な車両に迷い込んでしまう。NTTに平衡感覚を乗っ取られて歩行が誘導されているためだ。コントロールのリンクを外して脱出すると、今度は工作機械に囲まれてどこにも通じない通路に嵌ってしまう。自分の意思でこの結果なら、他人まかせにしたほうがまだましだ。スチールワイア工具一式が入ったコンテナを避け、通路を開けて食堂に入り、おばさんに今日のおすすめはなにかたずねるとメニューを渡される。メニューのそれぞれの項目に、サンプルがセロテープで貼りつけられている。サンプルの影で料理の名前は見えないが、アルファルファのひとつまみにすりおろした林檎を和えたこの一品は、絶対に旨いはずだ。
魂を返す
全面ガラス張りの部屋で情事をはじめようとカーテンで窓を塞いでいくが、塞ぐそばからあちこち綻びる。左右のことは気にしていたけれど南北まではねえ、と網戸の外で伊藤くんのお母さんが言う。まったくですね、という声がスイッチの入ったワイアレスマイクから校庭に流れ出している。さっきまでここにいた彼女の孫、つまり伊藤くんの子は、家に帰っていったのに魂だけ残したままだ。魂がなければ彼も困るはずだからと、彼女は手の先から力を出し、魂を灰色の巨大キノコに実体化し、孫の家の方角に投げ戻した。長い廊下から部屋に戻るとインド人が商売をしている。部屋を間違えたかと外に出るが、やはりここは自分の部屋だ。この事態を見ている男が、偶然失敗することはあるが偶然成功することはない、と格言めいたことを言う。なんの含みなのかよくわからない。
潜在性器
下半身裸で動く歩道に乗っている。先に行くSamに続いて、自分も検査が始まる。腰の位置を動かして小さい鏡の枠の中央に性器の像が収まるように調整してください、と言われる。次は女性器の検査だと言われ、とまどいながら背後側を向けると、鏡の中に見たことのない自分の女性器が見える。腰を動かすと位置を合わせこめるので、これは確かに自分のものだ。
編集者根性
畳半畳の四方が襖になった縦長の箱部屋に、男の編集者が華麗なドレスをまとって控えている。いっせいに襖が開いて取り囲んだ本物の女子たちと対面すると、彼は編集者の口調で女子たちにダメ出しをはじめるが、いやその編集者根性がダメなんだ、とダメの返り打ちを浴びる。
旧式UI
スタジアムの観客席斜面から、床下の階へ潜る洞穴があり、ラジオカセットテープレコーダーや電話機がぎっしりと穴を塞いでいる。パジャマを着たInomataさんがダイアルをいじっている。これを開けないと帰れないと言うのだが、ひょっとしてダイアル電話の使い方がわからないとか? まさかそんなわかりますよ、そういうことじゃなくて、といいつつダイアルの穴を押したりしている。
すれ違い新幹線
新幹線の先頭車両がシャワールームで、誰もいない運転席の窓の内側は蒸気で曇っている。壁の受話器を取ると、連れから早くシャワールームに来るように促される。いやもう来て裸になったところだ。いやこっちも誰もいない、などやりとりをしながら、どうやら互いに反対側の運転席にいることがわかる。新幹線の二両目から先が登り坂になっていて、向こうの尖端車両は途方もなく遠い。
鏡像触診
若い女医が、私を触診すればミラーニューロンを介してあなたが治癒するというので、女医の首を抱きかかえて髪を撫でながら自分の痛みに相当する肩のあたりを触ると、確かに自分の痛みが消えていく。床に張り付いている電気工事の男がこちらを見上げている。工事の男は、並んで歩きながら、ずっと彼女を見続けているがなんでああいう治療をしているのか、お金のためなのか、もっと深い意図があるのかよくわからないと言う。工事の男は木造の一軒家に、板塀をすり抜けてすっと消えた。
上板銀座のあちこちが更地になっていて、いよいよ開発が始まるのか、いままで見えなかった奥まった家の側面が露出している。更地の前はここに何が建っていたのか、もう思い出せない。この道を歩き抜ける動画を撮っておけばよかった。いや、今からでも遅くないか。