魂を返す

全面ガラス張りの部屋で情事をはじめようとカーテンで窓を塞いでいくが、塞ぐそばからあちこち綻びる。左右のことは気にしていたけれど南北まではねえ、と網戸の外で伊藤くんのお母さんが言う。まったくですね、という声がスイッチの入ったワイアレスマイクから校庭に流れ出している。さっきまでここにいた彼女の孫、つまり伊藤くんの子は、家に帰っていったのに魂だけ残したままだ。魂がなければ彼も困るはずだからと、彼女は手の先から力を出し、魂を灰色の巨大キノコに実体化し、孫の家の方角に投げ戻した。長い廊下から部屋に戻るとインド人が商売をしている。部屋を間違えたかと外に出るが、やはりここは自分の部屋だ。この事態を見ている男が、偶然失敗することはあるが偶然成功することはない、と格言めいたことを言う。なんの含みなのかよくわからない。

(2017年4月20日)