ホテル最上階の部屋を予約したのだが、部屋の準備がまだできていないとフロントに言われる。仕方なく、コーヒーを飲んで待つことにする。ロビーには車体が青磁でできた自動車が停まっている。ところどころひびが入り、ひびに汚れが沈着し、車がかつて公道を走っていたことを思わせる。
僕は白いデミタスカップに錫(すず)を融かし、錫が固まらないように小さい火で底を炙りながら部屋の準備を待っている。
ホテル最上階の部屋を予約したのだが、部屋の準備がまだできていないとフロントに言われる。仕方なく、コーヒーを飲んで待つことにする。ロビーには車体が青磁でできた自動車が停まっている。ところどころひびが入り、ひびに汚れが沈着し、車がかつて公道を走っていたことを思わせる。
僕は白いデミタスカップに錫(すず)を融かし、錫が固まらないように小さい火で底を炙りながら部屋の準備を待っている。
部屋ほどの広さのある暗い廊下に、割烹着を着たおたふく顔の老婆があらわれる。薄く開いた戸から光が差し、顔だけ露出オーバーで白く抜けている。僕はぞっとして、老婆から逃れるために「あきらさんはいますか」とでたらめの名前を言った。人違いを装ったはずなのに、白い老婆は「あきら、あきら」と奥の部屋の実在のあきらを呼びはじめる。
ここまでが「あまちゃんの実家は忍者だった」にはじまる縦書き一段組の最後で、縦書き四段組みの後半は、ここから四つの物語に分岐する。
実家の界隈には、道に白い盛り土をする習慣があった。久しぶりに帰ってみると、道がどこもかしこも屋根より高くなっている。こんなになるまで長いこと帰ってなかったのか。高い白土を歩きながらふと遠方に目をやると、紫色に山肌のえぐれた穂高が見える。
小鳥と話ができるようになった。鳥の記憶モデルを知ったためだ。小鳥は、冷たいくちばしを僕の下唇に押し付けながら、興味深げに顔を傾げ、歯が段々になっていると言う。きみもいつかこういう歯が生える、と小鳥に言うと、それは気休めだと言う。家に帰ると、鳥は一目散に水槽へ向かい水浴びをするが、勢い余って水槽の外にはみ出してしまう仕草が愛おしい。その光景を見ている家族が、お前は鳥と仲良くしているときは気づかないだろうが、人と話をするときは顔についた白い軟膏のようなものを洗いなさい、と言う。近所の葬式に行くため礼服に着替えていると、どんなに立派なことを言っても、立派な喪章をつけていかないと意味がない、と言われる。
空軍を退役しコックをしている私を、彼は二人乗りステルス機のパイロットとして雇い入れたいと申し出る。ホテルのフロントに、囚人服風のTシャツが届けられる。これを着ても、彼の思い通りになるつもりはない。その意思表示のため、私は三角形の小型機に彼を乗せ、ぎりぎり海面をかすめて飛び、ブロッコリーの内部を曲芸飛行で切り抜けた。ブロッコリーの森には、下草ブロッコリーの入れ子層があり、完成間近の国立競技場もそこに生えている。3Dプリンタによって不当に早く完成に近づく国立競技場を、私も彼も快く思っていない。その点で私と彼は、大いに意気投合している。
完成記念パーティーに出された酒のあとのご馳走は、陶器のオーブンで炊いた白いご飯だった。
石神井川から江古田の城へ至る入り組んだ城壁の奥へ奥へと分け入り、ついに白カビに包まれた腐ったチーズを手に入れた。それは新しい言葉のように、なにかをうまく説明してくれる。しかし何を解決する概念なのかはよくわからない。腐りかけのチーズは絶品だけれどこれは限界を超えているかもしれないね、とチーズ好きの佐藤さんが言う。
僕は折り畳み式自動車を小脇に抱えて、ここから脱出する手立てを考えはじめる。小さすぎる自動車には片足しか入らず、アクセルにもブレーキにも足が届かない。城壁に縄をかけ、屋根伝いに脱出する道を模索しはじめると、チーズから浮き出た白い胞子嚢たちがいっせいに頭を振りはじめ、迷路問題を解決しようとしている。
崖を見上げると、斜面の岩を切り出した巨大な時計が見える。時計の側面には、子供のころ寝床から見上げた真鍮製の置時計と同じレリーフが彫ってある。あの丘の上の店を目指して歩いていけばいいのだ。店にはNTTの大和田さんがすでに到着している。テーブルには、シフォンケーキ型で抜かれた濡れた白砂がきっちり形をとどめている。ソフトバンクの犬のCMの演劇性について語りあいながら、白い砂を少しずつ掻き出す。こんな無駄な砂を入れていたからいつも鞄が重たかったのだ、と大和田さんが言う。
お堀端のこのビルは建物全体が回転しているので、窓からの風景がゆっくりと一方向に流れている。終電も過ぎ、曖昧になってしまった待ち合わせを諦めようか迷っていると、グンゼの広告撮影のため集められた少年少女たちが白いメリヤス下着に身を包み、階段の手すりあたりでたむろしはじめる。勃起がパンツを押し上げているのを見つけられてしまった少年を、少女たちは面白がって取り囲み、一人の少女が自分のパンツを下ろして見せる。
壁面がまるまる電子書籍になっている隣のビルに、ちょうど窓の方角が合うのはこれで三回目だ。本が巡ってくるまでの間に自動でめくられた数ページぶん、物語が抜け落ちてしまう。もう帰ろう、そう決心して一階の出口に降りてくると、回転する鉄製ステップの意外な速さに怖気づいて、なかなか外に出ることができない。
白い猛禽類がいつも右肩にとまっている。横顔は鷹だが正面はフクロウで、とても大人しい。食卓の小さい花火が火花を散らし始めたので、顔を覗き見ると、彼も恐れずに火を見ている。ときおり彼が飛び立ち、背中に舞い降りてくると、僕の肩凝りも右の肩から右の背中に移動する。
僕の賢い黒い犬は、すぐに食べてしまいたい肉の塊をくわえて、白い犬に与える役割を担っている。黒い犬は、飲み込んでしまいたい衝動をおさえながら白い犬の口の近くまで肉をもっていくと、頭の悪い白い犬は黒い犬の口ごと噛みつき、肉を奪おうとする。黒い犬の口には、白い犬の噛み痕がつき血がにじんでいるが、黒い犬はなんとかこの困難な仕事を成し遂げようとしている。
久しぶりに訪れた実家の外壁が、白い総タイル張りになっている。強いスポット照明のあたる一枚だけ、人間の口と鼻のレリーフになっている。ぽっかり開いた口の中から外に向かって、強い筆勢で黄色い釉薬が塗ってあり、なかなかすばらしいタイルを見つけたものだと感心していると、コートを着た背の高い女が玄関の前に立っていて、いきなり接吻してくるその女の口も同じ黄色に染まっている。
実家に入ると、襖の向こうの明るい部屋で、従姉の婚約者が大仰に話をしているのが垣間見える。小便をしたくなって便所の戸を開けると、そこに便器はなく、母親が溜め込んだ紙の手提げ袋がぎっちり詰めこまれている。トイレはこっちに移ったのよ、と開けられた襖の小部屋は、四方の襖がどれも完全に重なりきらないので、相変わらず大仰な男の背中やテレビの画面が見える。落ち着かないまま部屋の真中の便器に小便を始めようとするのだが、半分勃起したペニスはなかなか小便を開始できない。
陽が暮れかかっている。早く帰らなくてはならない。自転車でなだらかな斜面を降りながら、熱気球を50cmに縮小したような洋梨形の白い風船を探している。
あきらかに、その子供たちが風船を盗んだのだ。彼らの仲間同士の会話が、それを裏付けている。僕は大人げ無く凄みながら、彼らを問いつめている。彼らのひとりが、風船を返してもいいと言う。ただ、その風船がなくした風船かどうかは、わからない。たくさんあるから。
彼らといっしょに斜面を自転車で降りていくと、下に行けば行くほど、たしかに風船がそこここにある。白いものばかりかと思っていたら、赤いもの、青いもの、さらに大きなものまで、たくさんある。子供たちは、きっとこれがなくした風船だから、と言って一つを差し出した。それを受け取ろうと握った掌をすり抜け、風船はさらに坂を下ってしまった。
僕は風船を追いかけて、古い公民館らしき建物の中まで来てしまった。建物の床にはたくさんの風船がひしめいていて、広い畳敷きの部屋で女の子が風船遊びをしている。
この風船は、九州のとある地方のお祭りに使うもので、ある日たくさんの女の子が手をつなぎ、無数の風船を次々と隣の女の子に渡していくのだそうだ。そのたびに「林檎ぴいとお」と口ずさむので、まるでその日は、空全体が鈴が鳴るように声に満ちるのだと言う。
もうすっかり暗くなってきたので、早く帰らなくてはならない。まずは電話をかけよう。しかし、僕はなんとかこの建物の中から大人をみつけて、「林檎ぴいとお」の話の続きを聞き出そうと思っている。
巨大な白熊に追われている。マンションの中庭を徘徊する様子を、最上階から見ている。僕は、食パンのような、練りゴムのようなものの中に、白い錠剤をたくさん詰め込む。これで安心だ。襲ってきたら、これを投げつければいい。
バスに乗っている。台風が去ったあとの真っ青の空。突然、空からばたばたと音をたてて白いものが降ってくる。なにかと思って外に出る。無数の鶏が、空から落ちてくる。