中2階のフロアいっぱいに、透明アクリルパイプで構成された広大な回路がある。どこかから母の声がするので探し当てると、パイプの中で止まっているただのローラースケート靴だ。いまイオンで買い物をしている、携帯電話をかけているわけじゃない、など靴と会話できる。技術者の浦野くんが、遠い声が共振してしまう「ハブ鳴き」現象だという。
エレベーターのボタンをタイミングを合わせてうまく押すと、地下中2階に止まることができる。ドアの向こうに海岸が広がっている。砂浜に斜めに立つ柱は、円錐状に広がる何本もの紐で支えられている。やわらかいほろほろ鳥が、先端に突進しては紐の間を無理やりすり抜ける遊びに興じている。
selection: すべての夢
蘇生しそうな機械
駅前に廃棄されていたといって3本の黒い柱を勇樹がもってきたので、柱の中に顔をつっこんでみると、いろいろ配線が外れているものの、赤いボタンを押すとプリンタが動き始めたり、弛緩していた織機が糸を張ったりするが、何ができて何をしようとしているのかわからない。
勇樹は、ブロアで舞い上げた彼の息子の衣服をコンクリートの壁面に投影している。赤ん坊が宙で遊んでいるように見える。
異世界恋愛
自分の恋人に見慣れない股がついている。ここは性器がときどき入れ替わる世界だから、と恋人が言う。恋人のいつになく薄い陰毛を毛づくろいしながら、ここを触ると嫉妬するのか?と尋ねると、これはフリーセックスのKNのものだから大丈夫だよという。この世界で愛を確かめあう言葉を探すのは難しいな、と思いながら恋人の右目を見ると涙がとめどなくあふれて、尋常でない液量なので瞼を広げてみると眼球が若干小さくなっている。
デジャヴ・アパルトマン
ダミーの書物を売るために、友人と街角に立っている。本が目的ではなく、本に挟んだコピーを拡散するのが目的だ。しかしいっこうに売れない。若妻と友人と3人で、新しい住まいへ向かおうとする。方向もわからずにいると、軽トラックでやってきた赤ら顔の不動産屋のおやじが、僕が荷台に隠れて乗るなら現地まで乗せてやるという。谷に面する木造アパートは、構造も窓からの眺めもよく知っている。死んだ友人がかつて住んでいたからだ。ひとつ奥の不思議な間取りのメゾネットに、友人と訪れたこともある。若妻は家賃の書かれた壁のプレートを探している。僕は、友人の記憶が本当の記憶か、かつて見た夢の記憶なのか、夢にさえ根拠のないデジャヴなのか、それがだんだんわからなくなる。
未来火災予知
自分の家が火事になる未来が予知できたので、荷物をあらかじめまとめて外に出し終わったところだ。隣の駄菓子屋はヒノキの匂いのする木造で、かすがいのない構造のため、軽く押しただけで平行四辺形にひしゃげてしまう。これはあらかじめ畳んでしまったほうがいいかもしれない。119番に通報するが、未来の火事については受け付けないと言われ、憤慨するうちに遠方の自宅から火の手があがり、それみたことかと電話を切る。
逆位相公園
城北公園一帯がお祭りで、一周する遊歩道いっぱいに屋台などが立ち並んでいる。samと連絡をとるが、半周ぶん3万円の見えない力に押されて落ち合えない。
薬師丸ひろ子の現場
立体交差の歩道橋はまだ橋脚がなく、工事予定の位置に青ペンキで四角いマークが記されている。背の高い枯草に囲まれた現場用のプレハブで、薬師丸ひろ子がガラスコップに自分の乳を搾り、差し出してくる。
アトムの末路
鉄腕アトムの物語の中で、四角く繰り貫かれた土のトンネルをアトムと歩いている。アトムはさっき、大きな球体を背負ってふらふら着地しながら、最近飛ぶのが難しくなったと言っていた。トンネルの脇腹に、繰り貫かれた四角い穴があり、覗くと深い崖が切りこんでいる。アトムはふっと踏み出すが、飛べないことに気づかぬまま崖の底に落ちていく。僕は茫然と彼を目で追いながら、この物語の結末は脚本としておかしくないか、と思っている。
成長の輪切り
momoちゃんの部屋には、momoちゃんの弟のジーンズの輪切りがいくつもあり、それぞれに内径が書いてある。弟の成長に従ってサイズが太くなるので、ずいぶん長期にわたるサンプルであることがわかる。momoちゃんは歯を磨きながら、あっ沢庵まだ食べてなかった、と口走る。
元歌テスト
壁にかかった暗い額縁を覗きこむと自分の顔が映って見え、その位置を保ったままスキャットを歌うとほかのミュージシャンとつながる仕組み。ブラームスの交響曲4番第2楽章の構造を移し換えた歌を歌うと、坂本龍一がこのスタイルは初めて聞いたと言う。これならどこに出しても元がブラームスであることを隠し通せるだろう。
ドローン刺客
三つのドローン追いかけられ、鉛筆のように細い煉瓦造りの塔を登り7階の女の部屋に逃げ込む。音もなくドローンは7階の窓のまわりを行き来し始め、顔認証されないように窓に背を向けるが、もうここから逃げたほうがいいと女が言う。急ぎ塔を駆け降りて煉瓦色の貨物駅の線路沿いを行く仮装行列に紛れ込むが、仮装していない自分はかえって目立つ。
等比成長
実家のお向かいのノブちゃんを誘って選挙に行く。ノブちゃんと会うのは子供のころ以来だが、そのころ中学生だったノブちゃんは、僕との身長比率のまま大きくなっているので、2mを超す巨人が相変わらずにこにこ見下ろしている。自転車の荷台に彼を乗せて中学校までの坂道をいっきに降りるが、重くてブレーキが効かない。選挙会場になっている大学にある中村さんの研究室で、ノブちゃんの仕事の話を聞く。
暗黒物質音楽
金子仁美さんが Illustrator で書かれた楽譜を見せてくれる。黒い図形がレイアウトされているが、音楽自体はダークマターで書かれているので譜面には現れていないという。それじゃ永遠に演奏できないのでは?というと、それでも楽譜の20%はダークマターの影響を受けている、という。
形而上マッチ
久米姉妹の両親の家にマッチを借りにきた。いつでも勝手に入って持っていけばいいと言われている。久米両親の寝室の四方を取り囲む襖がちゃんと閉まっていない。ちょっとあんた閉めていきなさいよと言われ、位置を調整するがなかなか隙間が解消しない。この家にある特別なマッチを擦ると、火が現象なのか実在なのかがわかる。
防疫凧
石造りの校舎の広い階段を白衣の男と降りている。男は自分の身長ほどもある乾燥ミジンコに糸を張った凧を抱え持っている。凧の帆にどんな生物種を使うかによって、予防できる感染症の種類が異なる、と白衣の男は力説するが、オカルトのようで僕は信じていない。彼はまた「NTTの番号案内には生前の番号を案内する別の入り口がある。ゲノム研究にとって大事なのはこっちのほうだ」と言う。