rhizome: トラック

デジャヴ・アパルトマン

ダミーの書物を売るために、友人と街角に立っている。本が目的ではなく、本に挟んだコピーを拡散するのが目的だ。しかしいっこうに売れない。若妻と友人と3人で、新しい住まいへ向かおうとする。方向もわからずにいると、軽トラックでやってきた赤ら顔の不動産屋のおやじが、僕が荷台に隠れて乗るなら現地まで乗せてやるという。谷に面する木造アパートは、構造も窓からの眺めもよく知っている。死んだ友人がかつて住んでいたからだ。ひとつ奥の不思議な間取りのメゾネットに、友人と訪れたこともある。若妻は家賃の書かれた壁のプレートを探している。僕は、友人の記憶が本当の記憶か、かつて見た夢の記憶なのか、夢にさえ根拠のないデジャヴなのか、それがだんだんわからなくなる。

(2018年6月19日)

のど飴の山

なほみさんがオリンピックの司会をしている。僕は何も手伝うことがないので、搬入のトラックが雪のわだちにすっぽり埋まっては這い出すのを見ている。休憩時間になってなほみさんが喉をからしているので、のど飴をとってくると言うと、必要ないと言う。遠慮しているのか本当に要らないのかわからないまま、裏山の頂上にある緑色の透き通った球体を取りにいくために、登山道を登り始める。

(2015年5月5日)

火薬庫の清流

戦時中に火薬庫だったといわれる場所はいつも大きな赤門に閉ざされているが、通用門が開いているのを初めて見る驚きのあまり、つい中に入ってしまった。これだけ広い土地を遊ばせておけるのは、管理しているのが東大だからだろうか。地面は乾いているのに、目の高さからは浅い清流が流れているように見え、ときどき鮮やかな何かが魚のように素早く逃げていく。この場所にこっそりトラックを停め続けている業者に、これはいったい何なのかと訊ねるが、体を後屈しなければ大丈夫なのだ、と質問の答になっていない。これだけの空き地の存在を周囲から気づけないのが不思議で、門から外に出てぐるりと一周切り取るように道を歩きはじめると、火薬庫をとりまく家々は暗い飲食店ばかりで、どこもあまり客が入っていない。テーブルも椅子も置かない餡蜜屋に入り、店の奥に行こうとするが拒まれる。流しで手を洗うふりをして勝手口から裏に出ると、思った通りあの空き地に面していて、どの店も水のような幻覚のようなものを筒で吸い出している。ためしに体を思い切り後ろに反らすと、ふっと体が浮いて、このあたり一帯の地図が俯瞰できた。

(2013年8月18日)

銀河の見える屑鉄屋

首都高を走っていると、トラックの荷台から「これに乗り換えろ」と木の台車を差し出す男がいる。言われるまま乗り換えて、片足で蹴りながら首都高の陸橋を走る。これはたぶん道路交通法違反だと気付くと、前方に警官も見えてきたので、陸橋の途中からなめらかに斜めに分岐する道を降り、ここまでやって来た。

日本中のレアメタルを集めている屑鉄屋の暗い倉庫の中で、そこの息子の家庭教師をしている。小太りの子供といっしょに屑鉄の隙間から夜空を覗くと、雲間からまるで鱗雲のような銀河が見える。

(2010年9月26日その1)

トゥーランガリラの空中鉄骨

広い校庭の一角にある舗石に、Samと寝そべっている。校庭では、洋装の中高年女性たちが精緻かつ大胆な盆踊りをくりひろげている。誰がこの振り付けを指導したのか、さきほどバドミントンをした中川先生だろうか。
上空を見上げると、円筒形の巨大鉄骨構造物が宙吊りになっている。高所作業員たちは、ロープ伝いに空を行き来している。いつもはサイレンを鳴らすラッパ形のスピーカーから盆踊りの音頭が途切れると、流れ込むようにトゥーランガリラの一部分、オンドマルトノが高らかに愛の展開を歌い上げるあの部分が空を満たす。
構造物が何で吊られているのかがわからない。手品のような隠しロープが斜めに張られているのか。どこにトリックを隠したのか。
寝転がっている僕らのすぐ脇を、箱のような作業トラックがぎりぎり数センチの精度で掠め通るので、ここはゆっくり寝る場所じゃないからとSamが散歩に誘うのだが、僕はオンドマルトノが空にエコーするなか、もう少しここで寝ていたい。晴れた町をカメラを持って散歩をするイメージに惹かれながら、久しぶりにSamを長いキスに誘う。

(2009年9月6日)

ストリートチュードレン祭り

竹内郁雄氏一行を乗せたトラックの荷台に乗りそこねてしまったため、僕はひとり遅れてレストランにたどり着くと、彼らはすでにテーブルに直接拡げた食い物を手で掬い上げては頬張りはじめていた。ここは皿とテーブルが、まだ分節化していない。
外は海外のストリートチュードレンを日本に紹介する祭りの最中で、切り立った斜面に挟まれた道は、招待されたにしてはあまりに多すぎる家のない子供たちであふれている。足をぶらぶらさせながら土手に腰掛けている少年たちが、笑いながら手を振っている。

(2008年3月19日)

乳首の転移

イスラム様式の長い回廊をもつマンションから、発泡スチロール製の生首がいくつも飛び出し、道に転がってはトラックにはねられ、生々しい血液の代わりに白いスチロールの泡が無残に飛び散る。

マンションの二階から引っ越してしまった佐々木の空室には、運び残した荷物がまだいくつか残っている。幼い女の子を迎えに来た若くてけばけばしい母親が、いきなり両方の巨大な胸を剥き出すと、女の子はそれにしゃぶりつき、あまりに激しく乳を吸うので顔が乳房にめりこんで頬と乳房の境界がわからなくなる。女の子が顔を離すと、女の子の顔に乳房が転移し、顔の真中にひとつ大きな乳首がついている。

(2002年1月30日)