rhizome: 塔

ドローン刺客

三つのドローン追いかけられ、鉛筆のように細い煉瓦造りの塔を登り7階の女の部屋に逃げ込む。音もなくドローンは7階の窓のまわりを行き来し始め、顔認証されないように窓に背を向けるが、もうここから逃げたほうがいいと女が言う。急ぎ塔を駆け降りて煉瓦色の貨物駅の線路沿いを行く仮装行列に紛れ込むが、仮装していない自分はかえって目立つ。

(2018年3月16日)

ベンヤミン監督のリアルタイム映画

塔のバルコニーにたっぷり湯を溜めて、往年のIT業界のリーダーたちが浸かっている。IT誌の編集長だった男が「バルコニーごと落ちるかもな」と言って冷やかにそれを見ている。不自然に傾斜のある会場に椅子を並べ、パーティは始まろうとしている。サンドウィッチを作っているロシアのおばさんにあれこれ注文すると、面倒臭そうに「おまかせ、とだけ言えばいいの」と言われる。会場に設置されたディスプレイでは、ヴァルター・ベンヤミンの作った映画が始まり、バルコニーの風呂やサンドウィッチ屋のおばさんとのやりとりが、映画のイントロとして映っている。これどうやって作ってるんだ、どういう仕組みだ、と周囲に聞きまくっている自分が映画の中にもいる。

(2014年10月1日)

バベルカフェ

ブリューゲルのバベルの塔は中が吹き抜けになっていて、それぞれの区画から内側にせり出したデッキは、オープンカフェなどになっている。デッキからデッキへと螺旋を下って地上階まで来ると、父がいないことに気付く。川の中州を探しまわっても見当たらない。塔の地下にある大浴場で溺れている可能性もある。しかし水中の死体を見るのが恐ろしくて、足がそちらに向かない。

(2014年8月3日)

有機物ネットワーク

東京の地下鉄網が東の果てで途絶える駅を出ると、景色があちこち錆びている。使っていない工場の壁に、操車場の電車の窓にあたった西陽が、ゆがんだ四角い反射を落としている。この奇妙な一瞬を写真に撮ろうとRにカメラを借りるが、電池あるいはメモリに問題があるため画像が保存できません、と表示される。
空に突き出す何本もの塔の中、町はずれにあるひときわ巨大な煙突を目指して歩いていく。しかし、どんな光景に出合っても写真が撮れない。せっかくだからカメラを持って次に来るときのために歩ききらないでおこうよ、と言うのを聞いていないのか彼女はどんどん地下通路に潜り、突き出した土管から顔を出すと、広大な更地をブルドーザーが這っている。
巨大な煙突は、地域の有機物を人間の死体も含めてすべて空中に返し、世界中の空気から有機物を回収するネットワークで、そのための工事をしているのだと言う。鉄パイプ製の車に乗ると、地域の王子らしき裸の子供が、煙突の熱は使い放題だけれど絞れない=制御できない、と言う。しかし余った熱は、車のフレームであるパイプにつなぐと車全体に行き渡るのだ、と言う。

(2012年7月26日)

機械仕掛けの写真展

高速道路沿いに建つ高い換気塔の内部に入り、吹き抜けの最上階まで登る螺旋階段に展示された、おそらく今まで誰一人鑑賞したことのない写真をひとつひとつ見ている。作品を収集した日焼けした服部桂さんに名刺を差し出そうとするが、財布の中から見つかる紙片はどれも名刺のようで名刺ではない。服部さんはすべて理解しているからその必要はないと言うが、彼の浮かべる表情から、彼が実は理解を模倣した機械であることがわかる。額の中のプリントに焼かれた宙を落ちる人間の像は、コントラストや彩度が画像処理ソフトのように刻々変化する。この写真も機械の一部であることを僕は見抜いている。

(2010年11月28日)

ネジ山の北朝鮮

険しい崖から削り出された山道を、佐々木俊尚さんと歩いている。神田川沿いを歩きはじめたのに、真下の断崖は深くえぐれてそこはもう北朝鮮だ。ブリューゲルのバベルの塔の構造を模しているので、こういう立体空間では平面上の国境は意味ないね、などと話しながら歩いている。しかも、ねじ山をひとつ間違えると簡単に北朝鮮に紛れ込み、いつのまにか夏の学生服を着て国家に服従する自分に幸福を感じる。問題は国家でも思想でもなく自分自身とねじの関係なんだ、と潜めたはずの声が、意外なほど長く洞窟に響いて消えない。

(2004年8月15日)