カルデラの底を歩いていると、小学生の長谷川誠君が笑いながら近づいてきて「津波が来るのにまだここにいたの」と揶揄するように言う。僕は、そんなことは知っていたとばかり悠然と岩場を登り始める。馬の背まで登ぼりつめたところで振り返ると、火口壁の低い縁を乗り超えた津波がみるみるカルデラの平地を湖に変えていくのが見える。近づいてきた調査員がアンケート用紙を差し出し、Q.なぜ津波が来るのを知りましたか、A1.友人に聞いた、A2.ラジオで聞いた、などと読み上げる。いや、前から知っていたから1ではない。念のためこのあたりで一番高いところまで登ると、小屋の男がスコップで地面を削りながら、この土地は砂糖の干菓子だから水には弱いと言う。
rhizome: 火山
バス紛失
噴火をはじめた富士山を見に行くために、地学好きの田中秀幸は革の鞄を飛脚のように棒でかつぎ、中学校から真南に歩きだした。富士山は山頂がどんどん尖り、絵に描いた富士山のようになってきたのはなぜなのか、いっしょに探りに行こうと言うのだが、僕は頸動脈に貼った貼り薬の作用でめまいが止まらない。
平衡感覚を失うと、バスが進んでいるのかバックしているのか、バスに乗る前なのか後なのか、バスの中にケータイを忘れたのか忘れる前なのかがわからない。ともかく失くした自分のケータイに電話をかけてみると、harinezumiさんが出て、いまどちらにいるのかと尋ねると富士山の見えるファミレスだと言う。それはいま僕がいるところではないですか、と喜びながら、しかしこの綺麗な結末ではバスに関する解が得られない。
火山岩に埋もれた古本屋
坂道のたもとで、美大生がガラス板に山火事の絵を写生している。しかし山火事はどこにも見当たらない。見渡す限り青いガラス質の火山岩が、ただごろごろところがっているだけだ。
坂道を登りつめたところに、古本屋がある。人がやっとくぐり抜けるほどの木枠の出入り口が五つあり、そのうちのひとつに靴を脱ぎ、中に入った。黒く燻された古民家の本棚を一通り漁り、そろそろ出ようとするが靴がない。ここは入った口とは違う敷居だ。靴を脱いだ出入口がどこにあるのか、迷路のような内側からは見当もつかない。ガラス窓の外を見ると、美大生の描いた山火事がどんどん迫っている。
溶岩で描く絵
ラブホテルで部屋を探している。ショーケースに並んだ張り紙には、一か月十万円などと書かれてあり、ホテルと不動産屋の兼業はなかなかうまい商売だと感心する。連れが誰なのか、よくわからない。その後ろめたさの反動で、相手はしだいにくっきりと「あだちゆみ」と確信される。選んだ部屋に入り、わずかに開いた窓の外には溶岩が流れている。迫る溶岩は、のしかかるように見えるのが通常の遠近法だが、この窓からは鳥瞰したマグマの模様がしだいに領域を増やしていくように見える。このように見えるのは、真上からのビューを得るシステムが溶岩のマテリアルに組み込まれているためで、これを使えば絵を描くプログラムが作れるのだ、ということをあだちゆみに説明するのだが、パソコンでないのにプログラム?というあたりから理解してもらえず、埋まらない溝にいらだちながらあだちゆみが「さようなら」と言うので、僕はなぜこの部屋でずっといっしょに暮らせないのか、とひどくと感傷的になり、こみ上げてくる涙がばれないように、いっそ早くこの場を去るよう促すのだった。
火口でバレーボール
山腹の草原には、死んだ猫のまだ生暖かい血が溜まっている。そのすぐ近くで、僕は十人ほどの男女と円陣を組んでバレーボールをしている。和気あいあいと見えるのは表面上のことで、彼らは僕を拘束に来た連中だということを、僕はとっくに知っている。ふと眼下を見下ろすと、ここは巨大な死火山の山頂で、遠くカルデラ式の火口内面が緑色に霞んで見える。この状況にふさわしいBGMが流れてきて、こみ上げてくる号泣を喉元で砕きながら、こういう感傷的な音楽は好みではないし、そもそもこの配役は自分に似合わないと思う。
火口を臨む家
ウィンクの片方の女の子の実家に、インタビュー番組の取材に来ている。
「こんな変わったところに建っている家があるなんて」
「みんなにそう言われます」
家は山岳地帯の急傾斜の中腹にある。家の出窓に彼女が座り、肩越しに外の景色をカメラでとらえようとしていると、山肌や空がみるみる白いものに包まれていく。山岳地帯特有の濃霧かと思うと、霧の晴れ間のはるか下方に小さい火口があって、そこからもくもくと煙が出ている。赤い炎も見える。
彼女の弟がキャッチボールをせがむので、部屋の窓からボールを投げると、彼はまるで平地のように斜面を走り回っている。
「あんなことをしていて、いつか火口に落ちやしませんか」
「大丈夫なんです」
この人たちは、こういう特別な環境で育って本当によかったなぁと思う。